──09年3月期の連結決算において、1500億円の営業赤字になる見通しとなったトヨタ自動車。これに伴い、多くの派遣社員や期間従業員を切り捨て始めた同社であるが、"世界のTOYOTA"社員はこうした状況をどう思っているのだろうか?
本日は、現場の生の声を包み隠さず語っていただきたいと考え、トヨタやその関連会社で働いていたり、働いた経験のある方々にお集まりいただきました。早速ですがトヨタは今年、1941年のデータ公表以来初の営業赤字となりそうですが、一連の"トヨタ・ショック"について、どう受け止めていますか?
A 70年代の2度にわたる石油危機や日米貿易摩擦、85年のプラザ合意後の円高、90年代後半のアジア通貨危機など、これまでにも苦境はたくさんあった。しかし、今回は全く逃げ場のない不況、というのが率直な感想です。
B 昨年の今頃は(生産台数)世界一になるといわれていました。それだけに09年3月期の業績予想(営業赤字1500億円)を知ったときは、ホントにびっくりでしたよ。事前に悪いとは聞かされていたけど、実際数字を聞いたときは、連結決算ではなくて関連会社の単体かと勘違いするほど悪すぎた(苦笑)。年末の上司による仕事納めの挨拶も「いまだかつてない厳しい状況。09年も試練の年になるはず。だからこそ、みんなで一丸となって力を合わせて......」というものでした。
C でも、その上司の「みんなで一丸となって......」は、私たちからすれば皮肉にしか聞こえませんね。だって、非正規労働者については容赦のないクビ切りを続けているのに。
D 僕も派遣先の上司から、正社員と同様の仕事をしてきたのに「どうせ派遣社員なんだから、責任感もないんだろ」と、遠回しに言われていました。そりゃ恨み節も漏らしたくなりますよ。
──同社ではすでに期間従業員の新規採用を取りやめ、さらに現在いる約6000人の期間従業員も今年3月までに半減する予定だといわれています。Cさん、Dさんもリストラの憂き目に遭われた張本人ですが、現在の率直な心境は?
C 私は、昨年4月に派遣社員から期間従業員となりました。採用時には10万円の手当てが出て、入社後は、主に内装の組み立てに従事。上司からも「頑張れば正社員への登用も十分あり得る」と日頃からハッパをかけられたりして、7月には更新希望も聞かれていたんです。それが一転。8月下旬頃に突然上司に呼び出されて、「10月以降の契約は結べない」と。「今後景気が回復して、期間従業員の募集を再開するときは、真っ先に声をかけるから」とは言われましたが......。契約終了の理由は、「景気の悪化」と「原油高等による原材料費の高騰」を挙げていましたね。
当時、私は6畳のワンルームの寮(寮費0円)で生活をしていたのですが、契約満了後わずか3日間の猶予しか与えられずに退去を言い渡されました(昨年12月から、退寮期限は1カ月に延長)。で、9月分の給与と約30万円の満了慰労金を受け取ったら、あとは「はい、さようなら」。あらゆることが突然すぎて、気がついたら仕事も住まいも失っていたという感じですね。現在は愛知県豊田市内に暮らす友人のアパートで居候をしながら、新しい仕事を探しています。でも、この不況下なので、なかなか次の仕事は見つかりません。
D 企業経営は、慈善事業ではありません。そのため、会社としては、非正規社員からクビ切りを行うのは当然のことだと理解しています。ですが、これまでの扱われ方は人間以下。私は、トヨタに派遣社員として働いて約3年なのですが、その間、複数の工場間での異動、異動の繰り返しでした。なぜなら、派遣社員は、そのときどきの状況に応じて、最も忙しい工場に駆り出されるからです。要するに、派遣社員はトヨタ自動車の代名詞でもある"かんばん方式"(ジャスト・イン・タイム:受注に応じて必要な台数のみを生産するシステム)の歯車のひとつというわけです。早いときには、わずか1カ月で異動命令が下ったことも。だから、周囲に溶け込むこともできないし、専門的なスキルももちろん身につかない、嫌がらせのようでしたね。
A トヨタ側が派遣社員に異動を強いるのは別の理由もあります。労働者派遣法(第40条の5)において、「受け入れ先の会社は、3年間にわたって同一の場所・業務に就いた派遣社員に対して、直接雇用を申し込まなければならない」(3年ルール)とあります。しかし、その間に異動があれば適用外となるんです。つまりトヨタからすれば、派遣会社を通じて派遣社員に異動を命じることで、自分たちの都合に合わせて人材を思うがままに使えるだけでなく、人件費のコストも抑えられるというカラクリです。
D とは言っても結局のところ、派遣社員を選んだのは自分自身の意思によるもの。だから「派遣社員になった本人の自己責任」と言われたら、それまでなのですが......。
C しかし、それにしてもトヨタの非正規社員に対する待遇はひどすぎる。こちらにしたって、それ以外に選択肢がなかった人もいるだろうし、全員が好きで非正規労働者の道を選んだわけではありません。
ここで、本来なら弱い立場の非正規労働者を守るために労働組合が立ち上がるべきなのでしょうが、トヨタ最大規模を誇る「トヨタ自動車労働組合」は会社の傀儡組合でしかありません。なんたって、同組合は03〜05年の3年間、経営陣に対してベースアップを要求しなかったほど。当時は会社の業績も右肩上がりで好調でした。それなのに、労組がベースアップを要求しないのは前代未聞。労働者のほうを向いていない、何よりの証拠ですよ。06年に新たに結成された「全トヨタ労働組合」は、地道な草の根運動を展開するなど、非正規労働者の支援のためにも頑張っているようだけど、会社から組合活動の妨害を受けることもしばしばあるみたいですね。
A 無借金経営をモットーにする同社は、"トヨタ銀行"と称されるほどで、約14兆円の内部留保を持つなど、財務体質には定評があります。某幹部も「うちはトヨタ全従業員が10年間遊んで暮らせる金がある」と豪語したとか。私の持論としては、会社はその潤沢な資金の一部を使って、非正規労働者を救済すべきだと考えます。それは、近い将来の会社の利益にもつながるのではないでしょうか?
B まったくAさんの言う通りだと思いますね。このまま会社が非正規労働者のクビ切りを続けると、未来を担う若い労働者への技術継承や生産体制の面において、大きなマイナスにもなりかねません。トヨタの"ものづくり"が大きく揺らぐ恐れもあるでしょう。厳しい今だからこそ、非正規労働者を守る。そうすれば、企業価値はもちろん、社会的な評価もさらに高めることができるはず。ここ数年、トヨタはエコ活動や環境問題に注力しているけど、その前にもっと果たすべき大事な責任があるだろうと。これまで会社のために汗水流して一生懸命働いてきた労働者たちをサポートしてやれ! と、経営陣には言ってやりたいですね。
A ひと昔前までは閉鎖的な企業風土から、"三河モンロー主義"と揶揄されることもありました。しかし、現在は"世界のTOYOTA"で、日本経済の象徴と言っても過言ではありません。そんな同社が先頭に立って、非正規労働者のクビ切りを行うのは、「ほかの国内企業も後に続け」と言っているようなもの。失業率の上昇に伴い、景気はさらに悪化していき、車も売れなくなる。人減らしの経営戦略は、トヨタにとっても悪循環を招くだけだと思います。
B ただ、非正規労働者のクビ切りは、日本経済団体連合会(以下、経団連)の要請も大きいみたいですね。Aさんが先ほど指摘した通り、経団連に加盟している企業としては、「トヨタがやってくれれば、うちもやりやすい」という図式がある。周知の通り経団連の初代会長を務めたのは、同社取締役相談役の奥田(碩)さん。現在も代表取締役会長の張(富士夫)さんが副会長の役職にいる。また、これまでトヨタは、経団連を通して政府に雇用形態の規制緩和等の働きかけを行うなど、いろいろと利用してきた。だから、経団連の要請はむげには断れないはず。
それに僕もそうだけど、無駄を排除する「かんばん方式」が身に染みているトヨタ社員は、良い意味でも悪い意味でも用心深く、貧乏性(苦笑)。だから、経営陣たちも今回の営業赤字1500億円は相当のショックだったんじゃないのかな。それで余裕がなくなって、とにかく来期の赤字帳消しのことしか頭にないから、中長期的な判断ができなくなって、安易なリストラ策に走っているようにも見える。
D ここでトヨタが非正規労働者の支援・サポートに乗り出せば、世論的には「さすが"世界のTOYOTA"だけのことはある。それに引き換えホンダ、日産は人でなし」ということになるのに、ホントにもったいない(苦笑)。
──ところでトヨタといえば、金にものを言わせた広告戦略が有名ですが、広告出稿料は、実に年間100億円以上。昨年11月には奥田氏が(自ら座長を務める有識者会議「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」の席で)「厚労省叩きは異常な話。マスコミに報復してやろうか。スポンサーを降りるとか」と発言をして、大きな波紋を呼びました。
「マスコミのトヨタタブー」というのはいまだ根強いでしょうが、最近では、派遣や期間従業員切りなどが大々的に取り上げられるなど、トヨタをめぐる報道に変化が訪れているように思います。現場の方々は、これらをどのように見ていますか?
A 確かに最近は、業績不振などネガティブなニュースがたくさん報道されています。しかし、経営陣はそれらをあえて容認しているところもあると思う。というのも、「業績不振による派遣切り」という報道が出ると、世間は「そこまでトヨタの経営は厳しいのか」と取ってしまう。結果、世間の同情を買うことにつながり、リストラや解雇の容認を助長することになってしまう。
C しかし、本当に危険なのはリストラ後ですよ。これからさらに失業者が増え、犯罪や自殺者も増えるはずです。私の場合は、たまたま友人のところに居候することができたけど、会社に解雇されて仕事も住まいも失った人は少なくありません。
D 路頭に迷っているのは日本人だけではない。これまでトヨタ子会社や系列会社ではブラジル人や中国人、ベトナム人など、たくさんの外国人労働者を受け入れてきた。彼らの多くは、母国のブローカーを通じて来日し、工場では実習生という名目で迎え入れられるため、時給は数百円。派遣社員よりもずっとひどい待遇です。私が知っている人の中には、こうした厳しい状況の中でも、母国にいる家族を養うために仕送りを続けている人も少なくありませんでした。したがって、当然彼らの手元には貯金がない。会社を解雇されて、「もう日本には用はない、でも帰国できない......」という外国人労働者は本当に多い。そんな彼らが犯罪に手を染める可能性は、極めて高いと思います。
C 昨年6月に起こった秋葉原通り魔殺傷事件の加藤智大容疑者が、トヨタ系列会社・関東自動車工業の派遣社員として働いていたのは有名な話。彼の犯行動機のひとつは、"派遣社員として働くことの不安"というものでした。彼の凶行は、決して許されるものではありません。しかし、非正規労働者として働いていた者からすれば、彼がどれほど自分自身の将来を悲観していたのかは想像に難くありません。今後も企業が非正規労働者のクビ切りを続ければ、第二、第三の秋葉原通り魔事件も続いてしまう。
──こうした"トヨタ・ショック"は、地元行政にも飛び火しているようですね。トヨタ本社がある豊田市は、これまで同社が納める莫大な税金のおかげで日本一潤っている超優良な地方自治体といわれていました。実際、08年度の法人市民税の収入は約440億円でしたが、それが今年度は9割減になる見通しです。
A 私はトヨタの社員寮近くで暮らしているんだけど、会社をリストラ解雇されて、仕事も住居も失った人たちが豊田市から1人、2人......と、日を追うごとに消えているのは実感する。
C 以前は寮の空き部屋がなく、突貫の仕切りを設置して、一部屋に数人を収容したこともあったんですけどね。どうせ社員寮は空室だらけなんだから、解雇後もしばらくは、せめて住まいだけでも提供してくれたらいいのに。
A トヨタの不況は、会社や工場にいるよりも、社員寮の付近にあるお店を見たほうがわかりやすいのかもしれない。賑わっていた周辺の定食屋やコンビニ、パチンコ店もいまではすっかり閑古鳥が鳴いて、町はゴーストタウン化、地域住民としては不気味な感じですよ。
──これまでトヨタで働く非正規労働者のクビ切りの実態を中心に話を進めてきましたが、正社員に対するリストラなどの動きはありますか? 昨年12月に行われた記者会見の席で木下光男副社長は「国内の正社員の雇用に手をつけることは考えていない」と明言しています。
B 今のところ、正社員の雇用は守られているようです。トヨタ北海道やトヨタ九州で働く正社員を長期出張という形で、愛知県内の工場などで受け入れ、その結果、派遣社員や期間従業員が切られたりしていますが......。給料もカットということもないですし、冬のボーナスも例年通り支給されましたよ。正社員に対するリストラはこれからでしょう。これまで東京ドームで開催される都市対抗野球にトヨタ野球部が出場する際は、無料バスの利用や名古屋〜東京間の往復新幹線チケットを6000円で購入(通常は2万円程度)できたんだけど、それが来年からは廃止になるようですね。
A 工場では最近、保護具の交換を渋るようになっている。保護具は、工場で働く労働者の命を守る大切なもの。従業員の命よりもコスト削減のほうが大事ということなのでしょう(苦笑)。
また、私が働いている工場では、昨年11月に3度、12月に2度ほど生産ラインをストップすることがありましたが、そのときは一日中みんなで清掃をしていましたよ。そういえば、元町工場の仕事納めは例年通りの12月25日でしたが、レクサスやランドクルーザーなどの高級車を生産するトヨタ国内最大規模の田原工場は同月22日で年内は終了。景気の悪化で高級車の売れ行きが不調なんですが、これは工場にも直接影響を及ぼしています。
B 仕事がないので上司から有給休暇を勧められる正社員も少なくありません。私の周りでも年末年始にかけて、3週間余りの休みを取った人がいますからね。
A あと、トヨタでは家族や親戚、知人などに自動車購入の斡旋をすると、報奨金が支給されるのですが、これまで1台あたり3000円でした。それが、昨年12月から2万円に跳ね上がった。会社としては1台でも多く車を売りたいということでしょうが、あまりに短絡的すぎるというか......。
──一部のマスコミ報道によると、トヨタでは今年春に渡辺捷昭社長が退任し、創業一族の豊田章男副社長が昇格すると伝えられています。この人事が実現すると、豊田家から社長が誕生するのは実に14年ぶりとなりますが、創業一族への「大政奉還」に対する現場の反応はいかがでしょうか?
B 豊田章男副社長は、以前からずっと次の社長候補と言われ続けてきたからね。経営的には非常に厳しい時期に就任することになるけど、人減らしのリストラが功を奏して、おそらく来年は、今回のような営業赤字になることもないはず。会社がイケイケドンドンの時期に就任して、経営を傾かせてしまったと批判を浴びる心配もない。タイミング的には良い時期じゃないかな。でも、今の時代、「大政奉還」によって会社が一枚岩になるとは考えられない。また、トヨタでは1月より財務部を復活させましたが、これは「09年も本業の自動車販売では苦戦するだろう」という経営陣の危機感の表れ。"冬の時期"に抜け目なくしっかりと資金管理を強化する戦略は、トヨタらしいですけどね。
A しかし、今のトヨタを取り巻く状況では、どんな有能な経営者がいても会社の自助努力だけで立て直すことは不可能でしょう。近年のトヨタの躍進を支えてきたのが北米市場であることは紛れもない事実ですが、あまりにも海外市場への依存率が高すぎる。「円高が1円進むと、対ドルで年間400億円の利益が飛ぶ」といわれていますが、結局のところは米国の経済回復を待つしかないという他力本願な状況。こうした為替変動に大きく振り回される企業経営は、いわば"マネーゲームのようなもの。私は決して健全であるとは思えません。もちろん、会社の資金を守ることも、グローバル戦略による拡大路線も大切です。しかし、それよりも復活のためには、未来のために人材育成に力を入れ、国内での生産ー販売ルートを盤石なものにするなど、これまで培ってきた"ものづくり"の原点に立ち戻ることが大事なのではないでしょうか。
(構成/大崎量平)
(絵/師岡とおる)