チェ・ゲバラ──ジョン・レノンは彼を「あの頃、世界で一番カッコいい男だった」と評し、マラドーナは彼をモチーフにしたタトゥーを己の体に刻みこんだ。では、窪塚洋介ならば、ゲバラと聞いて、いったいどんな言葉を発するのだろうか?闘いと正義のシンボルであるチェ・ゲバラの半生を描いた映画が公開されるとの話を聞きつけ、監督ソダーバーグと窪塚洋介の緊急対談を行った。
窪塚洋介(以下、窪) はじめまして。いきなりですが、俺、昔、ゲイの警官の役で女装したら、あなたが撮った『エリン・ブロコビッチ』(00年)に出てたジュリア・ロバーツに似てるって言われたことがあって。
ソダーバーグ(以下、ソ) アハハハ! 確かに似てるかもね。その写真見てみたいな(笑)。
窪 今度送りますよ!! あなたの最新作『チェ 28歳の革命』『チェ 39歳 別れの手紙』、見させてもらいました。最初はゲバラの映画って聞いて、もっとハリウッド的なエンターテインメント作品なのかと思ってたけど、いい意味で裏切られましたね。すごくドキュメンタリスティックで、気がついたら「あれ、もう終わり?」ってくらい真摯に革命に向き合った作品で驚きました。
ソ そうなんだよ。この作品を作るに当たって、チェ・ゲバラの人生を誤ったドラマにだけはしたくなかった。それと、彼の人生について僕が価値判断をするっていうことだけは避けたかった。この映画を見て、観客それぞれが自分の頭で考えられるような作品にしたつもりだよ。
窪 史実通りで、ほぼドキュメンタリー。見る人間に委ねてますよね。
ソ だから、オーディエンスの反応は本当にさまざまで面白いよ。反応の仕方で、その人がどんな考えで、どんな立ち位置にいるかってことが手に取るようにわかる。「チェのプロモーション映画みたいだ」って怒る人もいれば、「チェに対して視線が冷たすぎる。もっとやさしく撮ってほしかった」っていう人もいる。ちょうど2週間前にマイアミで上映したんだけど、みんなすごい怒ってたよ(笑)。あそこはキューバ難民が多いから。
窪 なるほど(笑)。
ソ 一番興味深かったのが、アーティストたちの反応かな。彼らはチェの人生を自分のものとして、内面化している。つまり、革命を起こすということと、作品を作ることっていうのは似てるんだ。その苦労も、犠牲も、喜びもね。作り終わると、またイチから次の革命や作品に向かうところもそうなのかもしれない。
窪 作品自体は、何年くらいかけて撮ったんですか?
ソ 2作合わせて39日。
窪 えーっ!?(笑) 自主映画みたい。
ソ 早撮りなんだ(笑)。よく記者に「撮影中に主演のベニチオ(・デル・トロ)と何を話してたんですか」って訊かれるんだけど、話すどころの騒ぎじゃない。そんな時間は全然なかったんだよ。
窪 あと、細部がすごく良かったですね。革命という、すごく大きなことが起きているのに、カメラはいたって冷静にそのシーンをとらえている、みたいな。一方で、たとえば、日本では事件のニュースをドラマ仕立てにして報道するような番組が多いんですよ。そういうもんに嫌気が差して、10年ぐらい民放のテレビを見ていない。どんどんドラマチックにしないと視聴者が反応しなくなってるという状況が嫌ですね。
ソ 僕もまったくそう思うよ。人生というのは大きな瞬間によってできているって考えがちだけど、本当はとても小さい瞬間の積み重ねなんだよね。それがチェを作る時の僕のアプローチだった。小さくて、微妙なシーンの積み重ねで革命を描きたかったんだ。
ところで逆に聞きたいんだけど、日本では若い人たちはチェについてどういうふうに教えられてるの?
窪 革命のシンボルって感じかな。でも多くの若い人は、彼の人生については、深くは知らないんじゃないかな。
ソ 彼はヒーローだとは思われていないの?
窪 うーん、体制だったり権力に対する反抗の象徴として捉えている人が多いと思う。逆にアメリカでは、どうなんですか?
ソ アメリカでも表面的な関心しか持ってなかったりするんだ。熱狂的な信仰者もいるけど、共産主義者ってことだけで拒否反応を起こす人も少なくない。でも今、若い人たちの間では、チェをもっと知りたいっていう欲求が高まってるんだよね。
窪 それって日本もそうなんだけど、なんつーかこう、閉塞的な雰囲気が蔓延してるから、みんなそれを破壊したがってるんじゃないかって思う。オバマが出てきて黒人たちが「ウォー!」ってなってるのとか見てるとすごいそれを感じますね。
ソ そう! だからこのタイミングっていうのは、僕にとってはとてもラッキーだったんだ。
窪 そう考えると、戦争があるから逆に平和があるっていうか、圧制がなかったら、チェみたいな存在は生まれてこなかっただろうし、胸を打つ物語も生まれなかったと思うんですよ。タオの陰陽のマーク(太極図)みたいに、いいことの中にも悪いことがあり、悪いことの中にもいいことはある、みたいなね。
ソ その通り。チェという人間は、彼が変革を起こそうとした社会が生んだ人物だったと僕も思う。そこに歴史の皮肉があるよね。
窪 東京でもよくピースパレードとかやってるんですけど、逆に言えば、あれをやっているうちは戦争があるっていう証明になってしまう。でも、それって俺の場合も同じことで、権力だったりマスコミがいるから、逆に燃えてきてそれが生きるパワーになる。敵がパワーをくれる。あと、昔は世界平和を願っていたけど、最近は、それならまず家内安全だろって思ってるんです。自分のファミリーを守るっていうヴァイブスを少しずつでも伝播させていけば、それがやがて世界中に広まって平和になるんじゃないかって思うようになって。
ソ チェは、そういうことを実践した人間だった。でもそれは、とても困難なことで、彼も道半ばで倒れてしまうんだけど......。
窪 ハリウッドはアメリカの政治的な力を背景にしたメディアだと思ってるんですけど、そういう状況で、こういった作品を作るのは、やっぱり苦労が多いですか?
ソ でも、この作品は実はアメリカ資本じゃないんだ。フランスとスペインのインディーズ系の会社が出資してくれてる。理由のひとつとしては、スペイン語で撮ってること。ハリウッドでは、映画の舞台がどこの国であれ、英語を使わないとダメだっていうのが常識なんだけど、僕はそんな嘘っぽいことしたくなかった。
窪 ウォーリアーだね。
ソ (笑)。ありがとう。
窪 もともとチェに興味は?
ソ ううん、ベニチオに「やらないか?」って誘われるまでは、僕も彼についてはあまり知らなかったんだ。彼がやったことが僕の人生に関係していると思うこともなかった。僕はラティーノが少ないルイジアナで育ったし、キューバという国はとても遠い存在だったんだ。だから映画のためにいろいろ勉強したよ。
窪 それで、チェに対して人間的に惹かれた部分があったんですか?
ソ 惹かれるというより、僕は彼を映画上で興味深い人間にするには、どういうふうにすべきかという見方をした。すごく興味深いと思ったのは、彼がどれだけ厳しい人だったか、感情的に人と距離を置く人だったかってこと。それを彼の身近にいた人から聞かされてたし、撮るときもいつも心にとどめていたよ。つまり、センチメンタルな人間として描きたくなかったんだ。
窪 『28歳』の赤いオープンカーのラストシーン(註・ネタバレになるため、詳細はあえて割愛)にも、それが出てましたね。
ソ あれは実話なんだよ! あのシーンに登場する男にベニチオとキューバで会ったんだけど、彼が話してくれたんだ。映画を見た後、彼が「まさにチェそのままだった」って言ってくれて、本当に嬉しかったね。
窪 公の場でもプライベートな場でも、変わらない人だったんですね。
ソ まったく変わんなかったみたい(笑)。それが僕にはチェの一番興味深いところだったね。最初はメキシコに妻子を置いてキューバ革命に参加して、その後また4人の子どもと奥さんをキューバに置いてボリビアに行った男で、彼にとっては、家族以上に革命のほうが大事だった。アーティストみたいな人だよね。
窪 まぁ、あなたの映画の台詞だけど、男は結婚してからのほうがモテるからね(笑)。
ソ ところで、日本映画界では、役者と監督はどんな関係性なの?
窪 ケースバイケースかな。監督が一番力を持っている現場もあれば、役者やプロデューサーが強い場合もある。最近は「楽しい現場がいい現場」って思っているような風潮があるけれども、俺はそうだと思ってないんすよ。「いい作品を作ろうとする現場がいい現場」って思ってるから、別に仲良くなくても構わない。
ソ 君は監督もするの?
窪 いつかはしたいとは思ってます。前に『凶気の桜』(02年)っていう作品でプロデュース的なことをしたこともあります。今、日本って左翼的な動きのほうが強くて、だからこそ、俺は若干右寄りにいるんですよ。でも、もし世の中が右を向いていたら、左に行ってたと思うんです(笑)。"ライク・ア・天邪鬼"っていうか、そうやって世界のバランスを取りたいんです。その意味でいうと、あなたはすげぇバランスの取れた人だなって前から思ってました。
ソ それはうれしいね。
窪 過去の作品だと『セックスと嘘とビデオテープ』(89年)とか『オーシャンズ』シリーズとか、いろんなジャンルを撮ってますよね。それってすごくバランス感覚が優れていなければできないことで、そのバランス感覚があるからこそ、革命に対しても、一歩引いた視線でとらえられたんだと思うんですよ。
ソ 問題は形容の仕方であって、左だ右だってだけで分けるのは不十分なんだ。
いったいなぜ政党なんてものがあるのかも、僕はわからない。どうしてただの人間になれないのかな。
窪 右翼左翼って、英語でも「翼」って字がついてますよね。右の翼だけじゃ飛べないし、左の翼だけでも飛べない。両翼があって初めて飛べる。だから自分はゼロのところにいてバランスを取っていたいし、そのためには常に戦っていなきゃいけない。チェ・ゲバラも自分の中心に向かっていくっていうか、自分自身の衝動に忠実っていうか、そういうことをこの作品から感じましたよ。
ソ だから興味深い人物だと思うんだよ。常に進化してたからね。
窪 進化していくことが自然な振る舞いだった人なんだなって。何をしたかとか何を残したかじゃなくて、何に向かって進んでいくのか。死ぬときなんて、きっとゴールって感覚がないと思うんですよ。だから、毎日、新たなゴールを切っていくことが大事なんじゃないかな。「ハリウッドデビューが目標!」みたいな大きいゴールやスタートを定めるんじゃなくて、いい仕事して、美味しくビール飲んで、よく眠って......そんな小さなことを積み重ねていけば、いつかスゴいゴールにたどり着けるんじゃないかって。
ソ チェも革命を愛し、家族を愛し、そして女性を愛した人間だった。喜びをもたらす仕事があるってことは何よりもいいことだからね。毎日の中でやった仕事が、おのずと自分の歩んできた道の証しになる。僕は映画監督という仕事を愛してるし、タダでやってもいいぐらいだよ。この作品だって、ほとんどノーギャラでやってるしね。ところで、最後に、大事な質問があるんだけど......。
窪 え? 何?
ソ 共演した女優とデートする?
窪 ......アイ・ライク・素人(笑)。
ソ シロート?
窪 イエス、シロート・イズ・ノープロフェッショナル・ピープル。
ソ アハハ! いいことだね(笑)。
(構成/鈴木ユーリ)
(写真/江森康之)
スティーヴン・ソダーバーグ(Steven Soderbergh)
1963年、アメリカ・ジョージア州生まれ。89年に『セックスと嘘とビデオテープ』で監督デビューし、サンダンス映画祭観客賞とカンヌ映画祭のパルムドールを受賞。その後も『オーシャンズ11』など、ヒット作を連発し巨匠の仲間入りを果たした。00年には『エリン・ブロコビッチ』と『トラフィック』でアカデミー監督賞にダブル・ノミネートされ、後者で受賞。
窪塚洋介(くぼづか・ようすけ)
1979年、神奈川県生まれ。95年にデビュー。その後、ドラマ『池袋ウエストゲートパーク』(TBS)や映画『GO』『ICHI』『まぼろしの邪馬台国』など多くの作品に出演し、活躍。太宰治の小説を映画化した『パンドラの匣』が09年秋公開予定。俳優業と並行して、レゲエ・ディージェイ「卍LINE」としても年間100本近いライブをこなしている。
革命を追体験する世紀の2部作!
『チェ 28歳の革命』『チェ 39歳 別れの手紙』
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