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第1特集
犯罪者が愛した知られざる獄中のベストセラー【1】

エロもグロも、ヤクザものも読めちゃう、"塀の中"で語り継がれる名作とは?

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 拘置所やムショの中では、一体、どんな本が読まれているのか? 元刑務官や元受刑者たちが、塀の中の知られざる読書事情を解説。また、獄中ライフに役立つ本をリサーチし、5億円詐欺事件で逮捕された小室哲哉被告に、差し入れしようとしたところ……。

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塀の中ではハッタリをかますことが処世術であり、本はそのときに役立つアイテムにもなる。ちなみに、巷で囁かれている「刑務所ではオナニー禁止」という説はまったくのデタラメであり、坂本氏いわく「雑誌とチリ紙を持ってトイレへ行く受刑者の姿は、日常的に見られる」という。よかったね(?)。

 受刑者の改善更生や社会復帰を目的とした刑務所では、起床から就寝までのスケジュールが厳格に定められており、自分の好きなことができる余暇時間は18~21時までの3時間しかないという。さらに唯一の娯楽であるテレビとラジオも、視聴時間と内容に制限があるため、思う存分には楽しめない。刑務所の前に身柄を置く拘置所でも作業義務こそないが、裁判所に出頭する以外はテレビもない居房の中に常時拘禁されるので、不自由な思いを強いられることに変わりはない。そんな環境の中、受刑者や被告人の救いになりうるのが"読書"。テレビやラジオとは違い、他人と共有する必要もなく、余暇を有効に過ごすには最適な手段なのだ。そのため、受刑者の関係者が本を差し入れ窓口に持って行ったり、郵送で差し入れするケースも多い。

 では、塀の中ではどんな本が好まれているのか? 宮﨑勤をはじめ、数々の有名な被告人などに本の差し入れを行ってきた月刊「創」の編集長・篠田博之氏は次のように語る。

「強いて言えば、獄中を題材にした本が好まれる傾向にあります。代表的なのは、山本譲司元衆院議員が自身の服役体験を綴った『獄窓記』【1】。これは先日まで田代まさしも服役していた、栃木県の黒羽刑務所のディティールが詳細に書かれているんです。なので、同刑務所に服役経験のある人の多くが読んでいるのではないでしょうか。次にこれはマンガですが、花輪和一氏の『刑務所の中』【2】も塀の中のベストセラー。マンガは活字よりも取っ付きやすいですし、これも作家自身の服役体験が描かれているので、描写がリアルなんですよ。同じ獄中ものとして、1980~90年代までは『塀の中の懲りない面々』【3】がよく読まれていましたが、現在受刑者に評価されているのはこの2冊だと思います」

 受刑者たちはこれらの獄中ものを、実用書として活用しているという。

「自分が本の内容と同じ状況に置かれるので、少しでも情報を得るために読みたくなるのでしょう。まずは自分の身に降りかかることについて、学習する必要がありますから。私も小林薫や林眞須美など、死刑判決を受けた人によく『死刑執行人の苦悩』【4】という死刑制度を扱ったドキュメント本を差し入れているのですが、林は『これを読んで、いろんなことを知った』と言っていました」(同)

脱獄、自殺モノ以外はエログロもヤクザもOK

 差し入れ以外でも、受刑者は入所時に携帯してきた現金と差し入れ金からなる「領置金」、もしくは刑務作業で得た「作業報奨金」を使えば、申請を経て本を購入することができる。元刑務官であり、『元刑務官が明かす刑務所のすべて』【5】などの著書が獄中で実用書として人気を博している坂本敏夫氏は、「受刑者が購入するのは新刊が多い」という。

「67年に新聞の回覧ができるようになり、受刑者は新聞広告から新刊の情報を得られるようになりました。06年には監獄法が改正され、受刑者個人が新聞を購読できるようになったのですが、当然、内容をよく確認できずに買うハメになるので、検閲で引っ掛かって結果的に読めなくなる本もあります。昔はエロ描写が激しいもの、ヤクザの抗争に触れたもの、刑務所を誹謗中傷したものなどはNGでしたが、今では大丈夫です。ただし、脱獄や自殺の手口が書かれたものはNG。刑務所や拘置所には、受刑者や被告人の身柄を安全に確保する責任があるため、その妨げになりうる本は読ませられません。とはいえ一方的に破棄するわけではなく、検閲する段階で問題個所の大部分を塗り潰し、もしくは削除が必要だと判断とした時点で、本人に『それでも読みたいか?』という確認は取ります。そこで『では結構です』となったら、出所するまで『領置品』として倉庫に保管しておくことになります。NGの基準は場所によって違いますが、基本的に買えない本はないと言っていいでしょう。それが読めるか否かは別ですが」(坂本氏)

 現在では、エログロ系やロリコンもの、ゲイ雑誌まで読めるというが、そういった類はほかの受刑者たちから嫌われる原因になるため、欲しがる者はめったにいないらしい。

 意外とユルくて驚きだが、同氏が刑務官として勤務し始めた67年~70年頃までは「受刑者を性的に刺激し、秩序を乱す」との理由で、水着女性の写真は削除か閲覧禁止されるなど、厳しい制限があったという。しかし、受刑者の権利を認めようという流れが起こり、徐々に緩和されていく。さらに06年の監獄法改正では、受刑者の所有できる本の冊数が、"4~5冊"から"個人に与えられる収納スペースに収まる分まで"に変わり、文庫本なら100冊程度は所有できるようになったという。だが、こうした状況について坂本氏は「とても改正とは言えない。むしろ改悪だ」と異議を唱える。

「受刑者間にも貧富の差はあり、金のある者は周りから一目置かれる存在になれます。そのため、読みもしないのに1万円もする『広辞苑』【6】を無理に買ったりする受刑者も多いのですが、新聞や週刊誌の購読を認めたり、本の所持数を増やしたら、その貧富の差をより際立たせることになる。たとえば雑居房で『全員が違う新聞を購読し、それを回し読みしよう』となったとき、ひと月3000円の購読料が払えない者の立場は明らかに弱くなる。作業報奨金の中から自由に使える金なんて、ひと月に1000~2000円程度ですから、親や女房に金を無心するしかない。本当に馬鹿げた法律ですよ」(同)

 また、刑務官に「コイツは法律に詳しそうだ」という印象を与えてひるませるために『六法全書』を購入したり、とにかく見栄やハッタリをかますことが処世術なのだという。

「不登校でも卒業証書を渡して厄介払いをしてしまうような今の義務教育では、漢字が読めない中卒の受刑者も多いので、書籍より雑誌のほうが好まれています。これは体の小さい受刑者がよくやる手なんですが、"嘘をつくための実用書"として、空手やボクシングなどの格闘系専門誌を購読し、『俺、実は空手五段なんだ』とか『元ボクサーなんだ』と嘘をつくんですよ(笑)。あとは『広辞苑』と同じく金持ちを装うために、ブランド品が多数載ってる雑誌を読みながら『こないだ女房にこれを2つ買ってやった』とか言いだす受刑者もいました。最も多く読まれている雑誌は、ヤクザの記事や女性のヌード、風俗情報が載っている週刊誌。月単位で購読を申請するのですが、『週刊アサヒ芸能』【7】、『週刊実話』(日本ジャーナル出版)、『週刊現代』【8】の順で人気があります」(同)

 また、ヤクザの受刑者には読書家も多く、『竜馬がゆく』【9】など、偉人を扱った時代・歴史小説が好まれるという。彼らにとって、懲役の期間は"徳を積んだり、知識を蓄えるいい機会"なので、自然と読書量も増えるのだとか。そのほか地図や旅行本、グルメ本も"出所後にしたいことを妄想して楽しむネタ"として、受刑者に人気があるとのこと。

 こうして出揃った、獄中のベストセラー。実は当初、大阪拘置所にいる小室哲哉被告に、ここで挙がった本【記事下リスト参照】を差し入れしようと計画しており、元受刑者である花輪和一氏と村西とおる氏に"収監されたときのために、TKに勧める一冊"まで聞いていたのだが【犯罪者が愛した知られざる獄中のベストセラー各記事参照】、既報の通り、11月21日に保釈された。小室被告のことを思えば祝福してあげるべきなのであろうが、本誌が落胆してしまったのは言うまでもない……。実刑判決が下ったときにでも、出直してきます。

(文/アボンヌ安田)
(絵/カズモトトモミ)

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坂本敏夫(さかもと・としお)
1947年生まれ。元広島拘置所総務部長。ノンフィクション作家。67年に大阪刑務所の看守となり、刑務官としての人生を歩み始める。以後、黒羽刑務所、東京拘置所などの幹部刑務官を歴任し、94年に広島拘置所で退官。現在は作家活動のほか、刑務指導アドバイザー兼役者として、映画やドラマの仕事も多い。12月半ば発売の近著に『逮捕されるとこうなる!』(日文新書)がある。


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【1】『獄窓記』
山本譲司/ポプラ社(03年)/1575円

00年に秘書給与流用事件で実刑を受けた山本譲司元代議士が、栃木県の黒羽刑務所で過ごした433日の獄中生活を綴った本。同刑務所で服役する人にとっては入門書といえる。

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【2】『刑務所の中』
花輪和一/青林工藝舎(00年)/1680円

銃刀法違反で3年の実刑を受けた花輪氏による獄中マンガ記。独房の構造からクサい飯の実態までわかりやすく描かれており、読書習慣のない受刑者たちからも人気が高い一冊。講談社から文庫版も刊行。

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【3】『塀の中の懲りない面々』
安部譲二/新風舎文庫(04年)/724円

86年に初出版され、ベストセラーを記録した安部譲二のデビュー作の復刻版。同氏が府中刑務所で出会った、一風変わった受刑者たちとの交流の日々が綴られている。

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【4】『死刑執行人の苦悩』
大塚公子/創出版(88年)/1325円

死刑制度を執行人の立場から見つめたドキュメント本。執行する側の悲痛な叫びと、死刑囚の番号には0が使われるなど一般には知られていない情報が詰まった貴重な一冊。角川書店から文庫版も刊行。

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【5】『元刑務官が明かす 刑務所(ムショ)のすべて』
坂本敏夫/日本文芸社(01年)/1365円

元刑務官である坂本氏が、刑務所内の衣・食・住から塀の中で横行している犯罪までを明かした一冊。刑罰や保釈などについても詳しく解説されているので、獄中の実用書に最適。

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【6】『広辞苑 第六版』
新村 出/岩波書店(08年)/7875円

売り上げ1位を誇る中型国語辞典。学術専門用語や百科全般にわたる事項・用語も収録されており、収載総項目は24万。高値なので、獄中では金持ちの象徴として幅を利かせている。

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【7】「週刊アサヒ芸能」
徳間書店/350円

通称「アサ芸」。ヤクザ、エロ、風俗情報と受刑者たちが欲しがる情報を網羅し、刑務所内で高い人気を誇る週刊誌。中でもエロは、編集長が都庁から呼び出しを食らうほどの過激さ。

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【8】「週刊現代」
講談社/350円 59年創刊のサラリーマン向け週刊誌。数々の独自スクープを飛ばし、最近では同誌誌上で角界の八百長疑惑を告発した元若ノ鵬が今度は告発を撤回するなど、見逃せない展開になっている。

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【9】『竜馬がゆく』全5巻
司馬遼太郎/文春文庫(98年)/660円

幕末の志士・坂本龍馬を主人公にした長編歴史小説で、ドラマ化もされた著者の代表作(62年発表)。獄中では、男気や仁義を重んじるヤクザにも人気が高いらしい。こちらは新装版。


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