――今年9月に出版された『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』。数多ある「沖縄本」の中でも、突出した魅力を放っている。著者の佐野氏に、本作の取材背景から、沖縄ヤクザの裏話まで、余すところなく伺った。
緻密な取材と構成で「本当の沖縄」を描いた佐野氏。
戦争、アメリカ統治時代、返還……沖縄戦後史をたどりながら、多彩な人物をクローズアップした本作。ヤクザ、警察、右翼、スパイ、政財界、芸能界など、表から裏まであらゆる対象を仔細に取材し、美しい自然の背後に隠れてしまった沖縄のリアルに焦点を当てている。これまで本土ではけっして語られてこなかった沖縄の姿とは……。
──佐野さんが「沖縄コンフィデンシャル」(本作の連載時タイトル)を「月刊プレイボーイ」(集英社)で連載中、私も沖縄に行っていて、現地でお会いしました。ちょうどライブドア元取締役でエイチ・エス証券副社長(06年当時)の野口英昭氏が那覇のホテルで「怪死」した件で、沖縄旭琉会のナンバー2に会いに行かれる直前でしたね。佐野 「怪死」については、名護市のIT特区で私腹を肥やしていたライブドア関係者が自分の旧悪をバラされることを恐れ、山口組系の後藤組に殺害を依頼し、それを沖縄旭琉会に下請けに出した、という「他殺説」が出ていたんです。どうやら関西系のヤクザが東京でマスコミに言いふらしていたようなんだけど、じゃあ当事者に当たらなきゃと。
──本作の中で、沖縄旭琉会のナンバー2はハッキリと否定していますね。事実検証が必要だとしても、私は彼の言葉に説得力を感じました。
佐野 「他殺説」には、事件前後に「4人のヤクザの指が飛んだ」とか、沖縄ヤクザの事情に通じていなければわからない事実がディテールとして練りこまれていたんです。ナンバー2は、そうした事実が「怪死」と関係ないことを明確に説明してくれた。つまり、沖縄事情に疎い本土メディアが、そちらの情報に通じている関西ヤクザに振り回されたというのが「他殺説」の真相でしょう。
──私が聞いた「他殺説」では、佐野さんの本に出てくる山口組系組織が「黒幕」とされているんですが、その組織には株価操縦グループのフィクサーとされる企業舎弟が実際にいる。ホリエモンにも通じる人脈で、つまりキャスティングが絶妙なんです。ヤクザの「沖縄センス」にうならされました。
佐野 沖縄ヤクザのルーツは、米軍基地から盗み出した衣類、薬品、金属製品といった重要物資を、台湾、香港などを相手に密貿易して稼いだ「戦果アギヤー」です。駐留米軍は国防総省からの予算枠拡大のために、これをわざと見逃していたフシがある。つまり「戦果アギヤー」は、米軍と地元が利益を分け合う「防衛利権」の原始の形とも言えるんです。そしてそこへ、本土からいち早く手を伸ばしたのが山口組であり東声会でした。東声会の沖縄支部長となった宜保俊夫は、ついこの間まで那覇空港を利権として押さえていた。人気漫才コンビのギャグをもじっていえば、「中米か!?」という世界ですよ。
ちなみに東声会会長の町井久之は石原莞爾を慕っていたのですが、ここで、私が長らく追っていた満州と沖縄が通底してくるんです。
財界大物、右翼、ヒットマン 沖縄に蠢く色鮮やかな群像
──里見甫(第二次世界大戦中、満州のアヘン密売の総元締めとして、莫大な闇利権を一手にした人物)を追った『阿片王 満州の夜と霧』、その続編である『甘粕正彦 乱心の曠野』(ともに新潮社)に劣らず、本作の登場人物のキャラクターは強烈でした。
佐野 満州、そして沖縄という土地には、人間を変身させる何かがあったんでしょう。焼き物でいう「窯変」のように、ちょっと常識から外れた変わり方をする。もともと沖縄をテーマにしたのは、「宜保という男に会ってみよう」と思ったのがきっかけでした。彼からは丁重に取材を断られたのですが、周囲の人物を取材していくうちに、その輪郭線の鮮明さに驚いた。「沖縄四天王」と呼ばれた財界の大物はもちろん、一介のヒットマンまでが異彩を放っている。
復帰前、反米・反基地闘争の象徴ともいえる人物に重傷を負わせた、右翼テロ犯に話を聞きに行ったときのことです。「私は実名主義だから、すべて実名で書きますよ」と言ったら、「もちろんです。何も悪いことはしていませんから」と、こう来た(笑)。悪びれているんじゃなくて、そういう生き方が沖縄にあったということなんです。すっかり輪郭の薄れてしまったいまの日本人からは、どう探したって見つからない個性ですよ。
──しかし沖縄で拾ったネタを東京のメディアに持ち込んでも、なかなか話が通じないですよね。防衛スキャンダルの"つけあわせ"にされるのが関の山です。それも、なぜかアメリカの登場しない中途半端な謀略論が多い。
佐野 本土では、米軍利権は「思いやり予算」という分厚いぜい肉に覆われていて、正体が見えないんです。
それに比べて沖縄は、日米関係の最前線ですから。東京ではほとんど聞かない、ベクテルというアメリカの巨大企業の名前も、当たり前のように耳にします。それどころか、かつては「東京トルコ」というソープランドを舞台に、日本の警察と米軍情報機関が動向の探り合いをしていたという話があるほどです。
──沖縄でお会いした際、これほど大作になるとはおっしゃってませんでしたね(本作は656ページ)。
佐野 取材を重ねるほど、次のテーマが蜃気楼のように立ち上って来たんです。言い方を変えると、本土側の認識のズレを埋めて「これが沖縄だろう」と言うには、これぐらいの分量が必要だったということでしょうね。
佐野眞一(さの・しんいち)
1947年、東京都生まれ。早稲田大学を卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。97年、『旅する巨人ー宮本常一と渋沢敬三』 (文藝春秋)で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。そのほか、『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』(ともに新潮文庫)『巨怪伝』『凡宰伝』(ともに文春文庫)など著書多数。
『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』