[今回のゲスト]
マリオス・サヴィデス
カーネギーメロン大学バイオメトリクス研究所長
パーソナリティ心理学を生かして組織と人材の成長を支援するコンサルティング企業「HRD株式会社」代表取締役・韮原祐介氏が、“人を育てる立場”にある、各界のリーダーやトップをゲストに迎え、人材育成と自己成長をテーマに語り合う当連載。今回は人工知能(AI)の専門家であるマリオス・サヴィデス氏と「アルゴリズム」について本音で語り合う――。
(写真/増永彩子)
韮原祐介(以下、韮原) デジタル化の進展や人手不足に伴い、日本でもセルフレジがずいぶんと導入されてきています。アメリカ最大のスーパーマーケットチェーン・ウォルマートでは、年間売上がざっくり約100兆円ありますが、仮にそのうちの1%が万引による被害に遭っているとすると、約1兆円の損失があると考えられます。セルフレジの会計で安い商品のバーコードを切り取って高額商品に貼り付けることで、実際の金額よりも安く会計する手口の被害もあるようです。こうした犯罪を防止する画像認識ソリューションを開発しているのが、カーネギーメロン大学のバイオメトリクス(生体認証)研究所長のマリオス・サヴィデス教授が立ち上げた「UltronAI(ウルトロンAI)」です。
マリオス・サヴィデス(以下、サヴィデス)先日、うちのラボにウォルマートの関係者がやってきて、新しいデモを見ていきました。2024年から実店舗でパイロット実施しているのは、顧客が通常通りバーコードをスキャンした後、買い物カゴを前に進めると、検知機器が上からカゴを撮影し、すべての会計が済んでいるかをチェックする仕組みです。この商品パッケージの画像認識を弊社が提供しています。
韮原 もともとマリオスは、離れた距離(約12メートル)のカメラで目の虹彩認証を行う技術や、2013年ボストン・マラソン爆弾テロ事件の際に、犯人の顔を防犯カメラ画像から特定する技術を開発してきました。
サヴィデス 長年、顔や虹彩の認証アルゴリズムの構築に取り組み、新型コロナウイルス感染症の世界的流行前に既にマスクをした人の顔を認識できるAIの開発を完了していました。こうした画像処理技術を社会実装するためのスタートアップを立ち上げ、市販のカメラを活用し、顔認証や防犯に関するさまざまなサービスを開発、会社を売却しました。2017年に「Bossa Nova Robotics(ボサ・ノヴァ・ロボティクス)」に参画し、ウォルマートなど小売業のための商品棚検知ロボットを全米500店舗に導入しました。
韮原 UltronAIは研究所からのスピンオフ企業であり、普段マリオスがバイオメトリクス研究所長を務めるカーネギーメロン大学は、世界初のロボティクス研究所を設立するなど、歴史的に米国政府からコンピュータサイエンス関連の研究予算を大規模に受けてきた、AI・ロボティクス分野で全米トップの研究機関です。2024年にノーベル物理学賞を受賞したAI研究者、ジェフリー・ヒントンも90年代に同校に在籍し、本格的な人工知能(ニューラルネットワーク)研究を行ってきました。
UltronAIが開発した画像認識ソリューションをウォルマートの経営陣を前に実演。それぞれたった1枚の事前学習のみで、取り付けられたカメラから数十万点の商品を即時に識別することができる。(提供/サヴィデス氏)
サヴィデス もともと私の生まれはキプロスで、父が国連で働いていたので、世界を転々としながら育ちました。その後、イギリスのマンチェスター科学技術大学に入学して、マイクロエレクトロニクス・システム工学を専攻。1997年の卒業研究として、ハイブリッド・コンピュータ制御による住居における防犯システムを開発しました。あるとき、図書館で読んだ本でカーネギーメロン大学ロボティクス研究所の存在を知り、「ロボット工学こそ自分のやりたいことだ」と確信したのです。
韮原 ほかの学校には一切目を向けずに、カーネギーメロンの大学院だけを受験されたんでしたね。
サヴィデス そして海を渡った私は同校でコンピュータ・ビジョン(画像情報をコンピュータで処理する技術)を研究しました。特にアルゴリズム開発に注力し、「カメラに何が写っているのか? ロボットは何を認識できるのか?」といった課題に取り組みました。2004年に博士号を取得し、本格的に研究者としてのキャリアが始まります。
韮原 影響を受けた研究者はいますか?