――ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地
[今月のゲスト]
前嶋和弘(まえしま・かずひろ)
[上智大学総合グローバル学部教授]
1965年、静岡県生まれ。90年、上智大学外国語学部卒業。97年、ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了。2007年、メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了。文教大学准教授などを経て14年より現職。20〜24年、上智大学総合グローバル学部長を兼務。22~24年、アメリカ学会会長。
ドナルド・トランプが、見事なカムバックを果たした──。トランプの勝因については、さまざまな分析がなされているが、なぜハリスは負けたのか? そしてトランプはなぜ強かったのか? アメリカに依存した世界秩序の崩壊を目の当たりにする可能性もある中、トランプ政権の下でアメリカと世界はどう変わるのか、専門家の意見に耳を傾けたい。
2025年1月20日に大統領就任式を迎えるドナルド・トランプ。(写真/Getty Images)
神保 今回はアメリカの大統領選挙を振り返ります。ゲストは上智大学総合グローバル学部教授で、前アメリカ学会会長の前嶋和弘さんです。まず前嶋さんは、トランプ勝利という結果をどのように受け止めていますか。
前嶋 多くの人は「トランプが圧勝した」と言っていますが、それはどうかと思います。重要なのは、トランプが激戦7州を競り勝った事実をどう考えるか。民主党には長年の課題がありますが、やっていることがすべてだめだということでもなく、「アメリカはトランプ一色だ」ということでもない。分断はまだまだ続くというのがひとつの印象です。
神保 民主党が勝利するために描いていたシナリオは、激戦7州のうち、ウィスコンシン、ミシガン、ペンシルベニアの北部3州をハリスが取れば、残りの4つを落としてもハリスが勝てるというものでした。ところが蓋を開けてみたら、ハリスは7州すべてを落としてしまいました。これは民主党としてはかなりショッキングな負け方だったと思います。一般投票でも、トランプ50・7%対ハリス47・7%で、民主党は負けています。民主党が一般投票数でも共和党を下回ったのは、2004年にジョン・ケリーが現職のブッシュに負けた時以来、20年ぶりのことになります。
前嶋 政治学者としては考えられる数字であり驚きはなく、逆の可能性もありました。ただ、そもそもコロナとウクライナ問題の影響も含むインフレの渦中で現職大統領だったバイデン、副大統領だったハリスには、そもそも逆風が吹いていた。共和党は「バイデンフレーション」というキラーフレーズを使い、共和党を固めるだけでなく、民主党側にも投票に行く気をなくさせました。とはいえ、民主党支持者のバイデン支持率は85%なので、やはり分断が起きているということが大きなポイントだと思います。
またトランプのキラーフレーズに「お前たちは女が大統領になっていいのか」というものがあり、黒人男性の2割はトランプに入れていますが、黒人女性は9割以上がハリスに入れている。さらに「ハリスは急に黒人になった」という言葉も話題になりました。ハリスはジャマイカ系で黒人として育てられましたが、黒人男性の一部にとってみればハリスはハーフなので自分たちの代表ではなく、この言葉も刺さった。またヒスパニックに対しても「不法移民が犬や猫を食べている」という失言めいた言葉がありましたが、あれは用意周到に準備されていたもので、「ハリスに投票したら自分はペットを食べる人間と同一視される」と思わせる効果があった。一方で、ハリスのメッセージは「時代を前に戻す」というもので、「ハッピー」や「ジョイフル」などの大きなメッセージしか出せませんでした。
宮台 計量的にはこういう結果は十分にあり得たということで、僕もそう思いますが、今後、レッドステーツばかりになりそうな気がします。ハリスにとってはどこが動いてほしいのに動いてくれなかったのかということをはっきりさせないといけない。(民主党は選挙期間中に候補者がバイデンからハリスに代わったということもあり)経済の問題やハリスの人となりを十分に理解してもらえるほどの選挙期間がなかったということもありますが、それは小さな話かもしれません。
神保 CBSやCNNなどの出口調査では、大統領選で最も重要な課題は「民主主義のあり方」だと答えた人が34%いました。それは「トランプだとやばい」という意味が込められていると思われますが、実際そう答えた人の8割はハリスに入れていました。しかしその次に多かったのは「経済」の32%で、そう答えた人の8割がトランプに投票しています。3番目に重要なテーマと答えた人が多かったのが「人工妊娠中絶問題」でしたが、これについては74%がハリスに入れています。そして、その次は11%の「移民問題」で、90%がトランプに入れています。民主主義、経済、人工妊娠中絶、移民問題というアメリカで主要な4つのテーマでは、すべてにおいてトランプ支持者とハリス支持者で真っ二つに分かれていて、両者がまったく同じ土俵に乗っていない状態が見て取れます。
また、今回の投票行動で自分が重視したテーマとして挙げられたのは、「リーダーシップ」と「変革」の2つでしたが、これはどちらもトランプが圧勝でした。トランプが強いリーダーシップを持っていると同時に改革者であると見られているということについては、どう思われますか。