マンガ家・新井英樹×SM女王・鏡ゆみこ 変化するマンガ表現の“禁忌性”

――激情迸る性描写や、凄まじい暴力表現でタブーに挑み続ける漫画家・新井英樹が最新作で描くのは新人のSM女王様2人が生と性を謳歌する『SPUNK -スパンク!-』。本作には“参謀役”として鏡ゆみこ女王様が全面的に作品づくりに関わっている。異色のタッグを組む2人に、マンガ界を取り巻く状況やSMの世界を描くことになった経緯などを聞いた。

マンガ家・新井英樹氏(写真右)とSM女王・鏡ゆみこ氏(写真左)
(写真/増永彩子)

誰もが簡単にオリジナルのマンガを投稿できるプラットフォームが充実した現在、ウェブ上には日々、さまざまなインディーズマンガが生まれている。人気連載も多く、アニメ化やドラマ化する作品も珍しくない。また、商業誌で活躍するプロのマンガ家も、個人で作品を発表するケースも着実に増えている。

『SPUNK -スパンク!-』
(新井英樹 参謀:鏡ゆみこ/KADOKAWA)

こうした状況の中、「果たしてマンガ編集者は必要なのか?」という問題も取り沙汰されるようになった。編集者が介在しないインディーズ発のヒット作が当たり前になったことで、ウェブ上では侃々諤々の様相を呈している。商業マンガの根幹を揺るがすだけに、マンガを主力にする出版社では一種のタブー化した問題だ。

1990年に『宮本から君へ』で鮮烈な連載デビューを果たし、その後も『ザ・ワールド・イズ・マイン』や『キーチ!!』などの問題作を発表。ラディカルな作風から編集者と衝突することも多かったというマンガ家の新井英樹氏は、安易な二者択一に陥るべきではないと語る。

「俺の場合で言うと、『宮本から君へ』を連載していた頃の『モーニング』(講談社)の編集長が大きな壁で。間に入る編集者と揉めたときに、『俺はこれが好き!』という思いで描いた作品でねじ伏せようというのがモチベーションになっていた。だから基本的に表現はオナニーでいいって考え方だけど、でもオナニーの枠から外れて世間に届かせることを考えたときに、その編集長から『これじゃあ届かない』と言われた。そもそも作品が売れたから正解かという問題もあるけど、編集者の意向と、マンガ家の『これを届けたいんだ』というせめぎ合いが表現自体を強くする部分もあって。だから簡単にどちらが正解という問題じゃないし、ポンと正解を言う人は信用できないというのもある」(新井氏)

商業出版である以上、利益を出さなければいけない。しかし売上至上主義を貫いたからといって、面白いマンガが生まれるわけでもない。

「マンガを金儲けのためのツールとしか考えてない編集者とは、一緒に仕事をしたくないすね。そこに関してはラッキーで、その手のタイプの編集者には当たってこなかった。若い編集者でも、マンガが好きだと伝わってくる人ばかりだったし、俺よりもマンガが好きだという編集者は一緒にやっていて楽だし、信用できるんです。だから個人的な意見で言うと、四分六で編集者はいたほうがいい。ただし表現の場に携わるという最低限の意識を持っていることが必要だよね」(新井氏)

かつては編集者がマンガ家を育てるのが当たり前のことだった。だが、それが重圧となり、消えていったマンガ家も星の数ほどいる。

『SPUNK -スパンク!-』(新井英樹 参謀:鏡ゆみこ/KADOKAWA)

「最近は編集者どころか、読者からの否定的な意見を読むだけで、落ち込んで描けなくなる若いマンガ家も多いと聞く。俺は自分の表現が芸術だとは思っていないし、マンガ家を商売としてやっている以上、最低限は金にしないと生活も成り立たない。だから周りの意見も聞くべきだと思ってはいるけど、長年にわたって『コミックビーム』(KADOKAWA)には好きにやらせてもらっているから、ありがたい話だよね」(新井氏)

現在、『コミックビーム』で新井氏が連載している『SPUNK -スパンク!-』(以下、『スパンク』)は、自分大好きで自由奔放な夏菜と、自分に自信のない内向的な文学少女・冬実という対象的な2人が出会い、新人女王様としてSMサロンで働く姿をいきいきと描き出す。本作で、“参謀役”として全面的に作品に携わっているのが鏡ゆみこ氏。もともと『ザ・ワールド・イズ・マイン』の愛読者だったという彼女も、編集者の果たす役割は重要だと言う。

「『スパンク』に関わるにあたって、編集者が間に入って、いろいろ面倒くさいことを言われるんじゃないかと思っていたんです。もちろん関わる以上は全力でやるし、何か言われたら本業じゃないからと流せばいいかなと。新井さんは30年以上、いろいろなマンガを描いてきて、名作もたくさんある。ひとりでも描けるのに、私が関わるということは、いつもの新井英樹らしいマンガだと意味がない。自分が入ったことによって新しい新井英樹にならないと困るというのが勝手にあって。だから新井さんが飛びつきそうな物を投げるのが私の役割。でもプロと素人だから衝突することも多いんです。そんなときに間に入ってくれるのが担当編集の方で。私と新井さんの2人だけだとケンカになっちゃうけど、担当編集の方もグループLINEで連絡事項を共有することで、お互いを尊重してバランスを取ってくれるんです」(鏡氏)

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