――通信・放送、そしてIT業界で活躍する気鋭のコンサルタントが失われたマス・マーケットを探索し、新しいビジネスプランをご提案!
ITや生命科学が隆盛する今、人間の脳神経に関する研究も進み、脳の機能や構造が徐々に明らかになってきたり、脳波や神経信号の緻密な測定・分析が可能になったりしている。こうした技術の進展によって、単に解剖学的な人体の理解を超えて、人間の脳神経の物理的、化学的な理解が高まり、新たな人間観が確立しつつある。この脳神経への理解を、さらに人の心理や思考、そして社会構造にまで接続して考える学問が急速に進展している。
[今月のゲスト]
小久保智淳(コクボ マサトシ)
慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程・研究員。1995年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修及び理工学研究科修了後、法学研究科へ。慶應義塾大学博士課程教育リーディングプログラム(オールラウンド型)RA、 慶應義塾大学KGRI所員など。2023年に日本学術振興会第13回育志賞を受賞。
●ニューロテクノロジー産業の発展段階
画像をクリックすると、拡大します。
(出典)国立研究開発法人科学技術振興機構「科学技術未来戦略ワークショップ報告書 ニューロテクノロジーの 健全な社会実装に向けたELSI/RRI 実践」より
クロサカ この連載もついに99回を迎えました。記念すべき100回を目前にして、どなたをお招きしようか考えた末、いま最先端の研究をされている方にしました。ということで、今月のゲストは慶應義塾大学で神経法学を研究している小久保智淳さんです。ほとんどの読者は、神経法学を知らないと思いますが、どういった分野で、なぜそれを研究しようと思ったんですか。
小久保 神経法学とは簡単に言えば、神経科学と法学の融合領域的研究をおこなう学問分野です。主に2つの研究領域があり、ひとつは心の生物学と言われることもある神経科学の知見を元に、自由意志や責任概念、人間観といったこれまで法学が依拠してきた基本概念を、科学の言葉で捉え直す作業をしています。いわば、「心」を科学的に解明する諸学問の知見と、法学理論とを結びつける試みです。もうひとつは、最先端の神経科学の研究や神経科学技術の規範的な統制と研究の促進とのバランスを実現しようとする、ELSI【1】やRRI【2】に近い領域です。つまり、理論研究と実務という2つの領域の循環関係で駆動しているのが神経法学と言えると思います。
クロサカ 人間と科学の付き合い方の、最先端の問題を扱っているんですね。
小久保 そうですね。こうしたことに興味を持ったきっかけは、中高時代の経験にあります。中学の時に大学の研究室見学で生命科学に興味を持ち、高校時代は長期休みに山形県鶴岡市にある慶應義塾大学の先端生命科学研究所に特別研究生として通っていました。ところが、3.11を経験して、福島第一原発に関する報道を見ていて、「未知の謎に挑むことにワクワクする」とかそれが「世の中の為になると信じて研究する」といった研究者のモチベーションと、それに対する社会の評価に大きなギャップがあることに気がつきました。また、同時期に、マウスのiPS細胞を樹立された直後の山中先生の講演を聞くことができ、そこでご自身の研究の専門的なお話だけでなく、特許で苦労されたことや再生医療と倫理に関するお話もされていたことがとても印象に残り、次第に自分の興味が「科学技術と人がうまく付き合っていけるのか」という点にあると気がつきました。その結果思い切って大学から文転しまして、慶應法学部に進学をしました。その後、法学部では、やりたいことができないかもしれないと悩んで、SFCへの転科も考えましたが、今の指導教授である駒村圭吾先生(憲法学)に出会い、「大学院に進めば自分で新しい研究領域を拓くことができる」とお話をいただきました。学部時代はAIと法について学んでいたのですが、大学院進学時に駒村先生よりBMI【3】研究の第一人者である牛場潤一先生を紹介していただいたことで、神経法学と出会いました。
クロサカ 私もAIや生命科学の倫理的、社会的課題について仕事として関わってきたので、近いタイミングで同じようなものを見てきました。AIも生命科学も「きれいごとを言った瞬間に研究はすべて止まる」と弁護士から警告されたこともあります。倫理というと、中身がブラックボックスで「わけがわからないもの」と捉えられがちですが、神経法学はそれをクリアにしようとしているのでしょうか。
小久保 私は、ある研究や技術について考える時、すっぱりと規制と促進のどちらかに割り切れるものではないと考えていて、個別の具体的状況に則して判断するしかないと思っていますが、そんな玉虫色の答えは嫌われがちです(笑)。でも、最近特にELSIやRRIの重要性が謳われる中で、法と科学が本当の意味で対話できていないのではないか、という問題意識があります。どちらも自分たちの言葉でしか話せていないので、深い対話になっていないのではないか。しかし、両分野の境界線上を綱渡りで歩いて行くことでしか、最適解は見つけられないと思います。たとえ玉虫色と批判されても、どちらにも偏らず、阿らず、境界線上をひたすら歩き続けることが、ELSI研究に携わる者の誠実さであると思っていて、自分に課していることでもあります。
クロサカ 頭の中に、険しい山の峰を小久保さんが歩いている姿が浮かびました。どちらに転んでも大変なことになる、厳しい歩みですね。
小久保 そうですね。言うのは簡単で格好いいんですが、現実は非常に厳しくて難しいので、まだまだ精進が必要だと思っています。また、日本ではこうした融合領域はまだまだ学問分野として確立している状況にはないので、そういった意味での難しさもあります。