「体にいい」飲む酢や酢大豆が流行 忍び寄るフードファディズム「酸味」

――甘い、辛い、酸っぱい……日本の食生活で日常的に出くわす味がある。でも実は、“伝統”なんかではなく、近い過去に創られたものかもしれない――。味覚から知られざる戦後ニッポンを掘り起こす!

【澁川祐子の「味なニッポン戦後史」】
【1】専業主婦率上昇で浸透した「だし」をめぐる狂騒 「うま味」(前編)
【2】魔法の白い粉「味の素」の失墜と再評価 「うま味」(中編)
【3】無形文化遺産登録で露呈した伝統的な「和食」のほころび 「うま味」(後編)
【4】専売制下で誕生した「自然塩」の影にマクロビあり 「塩味」(前編)
【5】地名を冠した塩商品の爆増と「日本人は塩分を摂りすぎ」問題 「塩味」(後編)
【6】終戦後の砂糖不足で救世主に 「人工甘味料」バブルと転落 「甘味」(前編)
【7】カロリーゼロから高糖度の野菜まで 「甘い」をめぐる大転換と二律背反「甘味」(中編)
【8】サラリーマン社会の衰退で始まったスイーツのジェンダフリー 「甘味」(後編)

瀬川瑛子著『10分間体操と酢大豆でキラキラやせた』(青年書館、1986年)。「女相撲」さながらの体型から酢大豆と体操で25キロ痩せたと告白。

料理に合わせて酸味の強弱を的確に操れる人は、真の料理上手だと常々思っている。とくに和食。酢の物やぬたの味を尖りすぎず、かといってぼんやりせずに、ちょうどいい酸っぱさに仕上げるのは難しい。そんなふうに思うのは、どうやら私だけではないらしい。

ミツカンが2014年(平成26)に行った和食に関する調査では、一番使わない調味料に約7割が酢を挙げている(『リサーチ・クリップ大全 2013/10~2014/9』日本経済新聞社、15年)。使いこなしが難しい調味料のトップも酢で、酢を使わない理由は「レパートリーが少ない」がダントツだ。多くの人が酢を使いあぐねている。その昔、料理の味加減を意味する「塩梅」という言葉が、塩と酢で調味することを指していたほど、酢は和食の味の要だったというのに。

酢を使いこなせない人が増えている背景の一つには、酸味の許容範囲が狭くなっていることがあるのだろう。本連載「甘味」中篇で、1980年代半ばに果物やトマトが甘くなっていったことを述べたが、その際に排除されたのは酸っぱさである。「朝日新聞」89年(平成元)3月12日付朝刊では「酸味党に苦いマイルド路線」と題し、酸味が敬遠される傾向にあることを報じている。その例として果物のほか、85年以降、プレーンヨーグルトで酸味を抑えた製品への切り替えが進んだことが取り上げられていた。

ただ、単純に酢離れが進んだわけではない。総務省の家計調査を見ると、統計を取り始めた63年(昭和38)以降、2人以上の一世帯当たり年間購入量は2~3リットル台で増減を繰り返し、ピークは2004年(平成16)の約3・3リットル。15年に2リットルを割り込んでからは2リットル前後で推移し、21年についに約1・8リットルまで落ち込むものの、予想以上に健闘している(1999年まで非農林漁家世帯、2000年以降は農林漁家世帯を含めたデータ)。酢そのものが嫌われたというより、変化したのはその中身や使われ方なのだ。

ブームの鍵は酸味の抑制

「食生活」(カザン)1965年(昭和40)12月号に、酢の消費を分析する記事が掲載されている。それによれば「酢もインスタント化と洋風化」が進んだという。インスタント化は、ポン酢やすし酢、ドレッシングなどかけるだけで使える調味済みの酢が増えたこと。洋風化はドレッシング需要に応え、りんご酢、ぶどう酢などのフルーツビネガーや、麦芽から作るモルトビネガーなど洋酢の売り上げが伸びていることを指している。この傾向は現在も受け継がれながら、多様化の一途を辿っているといえよう。

市販品のポン酢の嚆矢は、64年(昭和39)にミツカンが関西で試験的に販売した「ぽん酢 味つけ」だ。3年後に「味ぽん酢」の名で全国へ展開。水炊きになじみがなかった関東では最初こそ苦戦したものの、70年代に入って定着した。さらに86年には、高知県馬路村が地元産のゆずを加工したぽん酢しょうゆ「ゆずの村」を発売。地域活性化の成功事例で注目を集めたことをきっかけに、今やご当地ポン酢が百花繚乱である。

80年代半ばは“第一次お酢ブーム”といえるほど、種類や使い方が広がった時期でもある。鹿児島で古くから作られてきた玄米酢が「黒酢」と呼ばれ、全国的に知られるようになったのもこの頃だ。香りの穏やかな国産の果実酢が作られるようになり、水とはちみつを加えたり、アルコールで割ったりして「飲む酢」の流行も需要を喚起した。

第二次ブームは、2000年代半ばから10年頃にかけて断続的に起きた。その特徴は、ザクロ酢を筆頭に果実酢のさらなるバリエーション化と、それらを使った「飲む酢」やお菓子(「酢イーツ」と命名)のパッケージ化である。

「飲む酢」をいち早く製品化したのは、大阪の老舗醸造メーカーであるタマノイ酢だ。黒酢を飲みやすくするために、はちみつやりんご果汁を加えた「はちみつ黒酢ダイエット」を1996年(平成8)に発売。今でこそ「飲む酢」の代表格だが、発売当初は「『こんなまずいものが売れるわけない』と言われたり、アンケートで客全員から『まずい』と回答されたり」と散々な反応だった。しかし、口コミで徐々に広まり、大々的なテレビCMの効果もあって99年には大ヒット商品となる(「読売新聞」2010年7月31日付夕刊)。この成功に続けと、ミツカンなど大手メーカーも食酢飲料に参入。製品改良を重ねながら、第二次ブームを牽引した。

嫌われがちな酸味が、企業努力によってよりマイルドに変化してきたとはいえ、なぜブームになるほど人々は酢を求めるのか。それは酢に「健康」のイメージが強く植えつけられているからだ。

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