――2022年6月、タイ政府は大麻を麻薬指定から除外し、大麻の家庭栽培が「解禁」されたと大きく報じられた。ただし、医療・健康管理目的に限定……のはずだが、街中でTHCを含むバッズが売られ、観光客がそれを喫煙してハイになっている。一体、何が起きているのか――。首都バンコクの様子も撮り下ろしながら、実情を探った。(写真/山下ようこ)
バックパッカーたちが集うバンコクのカオサン通りにて。写真は大麻を販売する露店。
カオサン通りにて。ネオンサイン〈RG 420〉はチェーン展開するディスペンサリー。なお、420は大麻を意味するスラングである。
「タイは、ストーナー(大麻でハイになっている人)にとって楽園ですね。どこのディスペンサリー(大麻販売店)も観光客で賑わっていました」
タイ政府は2022年6月9日、大麻を麻薬リストから除外し、大麻草の家庭栽培を解禁。過去に大麻の所持や栽培にかかわった受刑者3000人以上を釈放したほか、大麻草100万株を国民に無料配布し、“東南アジア初の大麻合法化”と世界中から注目を集めた。冒頭の言葉は、11月3日から9日までタイに滞在した日本在住の大麻愛好家A氏のものだ。
ただし、THC(ハイになる成分テトラヒドロカンナビノール)の含有量が0.2%を超える抽出物(大麻エキス)は引き続き麻薬リストに残り、また政府は大麻の使用はあくまで医療目的に限定し、娯楽目的での使用は認めていない。
「医療用というのは建前で、医師の診断やライセンスがなくてもすぐ買えます。店ではタイ産の大麻もカリフォルニアとかから輸入した大麻も売っていて、どちらも質は最高。価格は1グラム=350バーツ(約1370円)から1000バーツ(約3900円)くらいまでグレードに応じてランク付けされていて、インポート物は割高でした。それでも日本だと1グラム=5000~6000円なので、十分安く感じましたね」(A氏)
A氏は大麻が解禁された6月9日以前から何度もタイを訪れているとのことだが、どのような変化があったのだろうか。
「以前は、グーグル検索とかじゃ大麻屋さんは出てこないので、知り合いのツテで入手した怪しいネタを黙って吸うしかなくて。『これ、そのへんの雑草を採ってきたんじゃ?』と思うぐらい質の悪い物も当たり前にあったんですけど、今はちゃんとグロウ(栽培)されたガンジャを吸えるので、大きく違いますね。一応、路上とか公共の場では吸っちゃいけないことになっているけど、現地の人が言うには、たばこと同じでマナーを守って、人の迷惑にならなければOKだと。実際、僕も道端で吸っていたときに警察官が来たけど、何も言われませんでした」(同)
大麻カフェの売り上げが6月9日の解禁で爆増
マハノップ通りにあるショップ〈NEVER NOT HIGH〉は、お客さんと会話しながら症状に合った商品をオススメする。なお、オーナーのひとり、Helen(写真)がボーカルを務めるインディバンドのKIKIは、22年9月に日本ツアーを行った。
6月9日以降、タイでは“グリーンラッシュ”が起き、A氏のように大麻目当てでタイを訪れる人も増えているとの報道もあるが、実際のところはどうなのか。バンコクのチャトチャックエリアで大麻やクラフトビールを販売する、〈Highland Café〉を経営しているチャイワット・バンジャイ氏はこう語る。
「法律は『すべての大麻植物は麻薬対象ではない。ただし、THC含有量が0.2%を超える抽出物を除いて』となっているため、バッズ(花穂)についてはTHCが何%であろうが麻薬対象ではありません。だから、医療目的であれば栽培・使用・販売できます。私たちが扱っている大麻も、すべて“health benefit(健康目的)”という名目で売っています。娯楽用と医療用の違いについては、前者はスモーキングパーティを開いたり公共の場で吸ったりすること、後者はプライベートな空間で不眠症や食欲不振などを解消する目的で吸うことだととらえています。政府が明言しているわけではないので、グレーゾーンですが」
つまり建前上、「睡眠の質を上げたい」などと伝えればTHCをたっぷり含んだ大麻を買えるわけだが、A氏の発言を見るに、その建前すら崩壊しているようだ。
「タイにおける大麻の歴史はとても古く、例えば病院へのアクセスの悪い農村部などでは、庭で育てた大麻を自分たちの治療のために使っていました。政府はそうした伝統医療に根付いた使い方は許容しており、吸うこと自体を危険視しているわけではありません。ただ、対外的にだらしのない危険な国という見られ方はしたくないので、『公共の場では吸わないで』と言っています」(チャイワット氏)
〈Highland Cefé〉はタイで最初にオープンした大麻がテーマのカフェだという。もちろん、店内ではバッズが販売されている。
もっとも、チャイワット氏が〈Highland Café〉をオープンしたのは18年だが、22年6月までは麻薬の取り締まりは非常に厳しかったという。
「当時は大麻の栽培・販売はライセンス取得が必要だったし、その審査も厳しかった。私の友人にも逮捕された人はたくさんいます。〈Highland Café〉でもボング(吸引用のパイプ)や巻き紙など合法的な大麻器具、大麻の葉っぱが入ったドリンクとフードを販売していました。葉にはハイになる量のTHCは含まれていませんが、“旨味”があります」(同)
その状況が22年6月9日を境に一変する。
「私たちは6月8日にキッチンを閉鎖し、一夜にして大麻ショップに変貌させ、9日の朝からバッズの販売を開始しました。おそらく、アジアで初めて合法のバッズを売った店舗でしょう。店には行列ができ、先頭の客は前日の22時から店の前でキャンプしていました。売り上げはかなり伸びて、解禁してから最初の数カ月は毎月800万バーツ(約3120万円)前後を稼いでいましたが、ほかの大麻ショップが増えるにつれて徐々に売り上げは落ち着いていきましたね。大麻販売のライセンスを取るのはとても簡単で、アプリケーションフォームを使ってオンラインでできます。ビジネスではなく個人栽培・使用であれば、ライセンスは要りません。取り締まりを逃れやすい露店販売の場合は、ライセンスを取っていない人も多いのでは」(同)
カオサン通りにある大麻の複合商業施設Plantopiaは11月半ばにオープンしたばかり。
Plantopia内のショップ〈Budlight〉は、「LEAF5」という大麻栽培用の照明器具のショールームにもなっている。
〈NEVER NOT HIGH〉で販売されているバッズ。右端はタイ発の品種「Squirrel Tail(リスの尻尾)」。
〈Budlight〉のオリジナル大麻グミ。
〈Budlight〉の28歳のオーナーがグラインダーで大麻を砕く。
ジョイントを巻く〈Highland Cefé〉の店員。
〈Highland Cefé〉の客たちはW杯を観ながらチルアウト。
このようにタイで大麻ビジネスが正式にスタートしたわけだが、それからわずか5カ月後、11月11日に大麻の規制を強化する法改正が行われた。
「その日以降、大麻ショップの店内で大麻を吸うことは禁止され、クリニックで吸う場合も医師の許可が必要になりました。また、販売ライセンスを取得するのに実店舗の登録が必要になり、露店での販売ができなくなりました。でも、新しい法律ができても店舗の数は依然として増えている状況です」(同)
実は、本稿に掲載された写真はすべて11月後半、つまり規制強化されて以降に撮られたものだが、違法である露店販売も行われている。ただし、現地の人によれば「大麻合法化を進める政党が力を持ちすぎたため、次の選挙(23年5月予定)までは規制の方向に動いている」「お店のほうも法律が厳しくなった場合に備えているよう」とのことだった。今後の動きを、チャイワット氏はどう見ているのか。
「政府は23年に大麻について21の新ルールを施行すると言っていますが、大麻が違法薬物に戻ることは二度とないと思います。合法化することで、政府は莫大な税収を得ることもできますから。タイの大麻産業は始まったばかりで、栽培の技術も上がっているし、さらに市場も拡大するでしょう。〈Highland Café〉も今後3年間で30支店のオープンを目指しています。オランダやアメリカの大麻企業もすでにタイに上陸していますね」(同)