文化人類学の世界では、その土地ごとのドラッグ文化は重要な研究対象のひとつだ。日本では禁じられている物質が、現在でも普通に使用されている地域は世界中に存在する。我々の“常識”の外側にある社会におけるドラッグ文化の在り方からは、近代国家がそれらを禁じる理由の本質が見えてくる――。
アヤワスカ体験を語る青汁王子(YouTubeチャンネル「三崎優太 青汁王子」より)
文化人類学と呼ばれる学問では、フィールドワークが基本にある。世界中のあちこちに足を運んで、社会や文化を知るべく現地の人々の生活に溶け込んでいく様子をつづった同分野の書籍等では、時折ドラッグに関する記述が顔を出す。
「非西洋社会の一部の地域では、シャーマニズムや儀礼の文脈におけるドラッグの使用が生活様式に取り込まれています。彼らの文化、彼らの世界に達するためには、研究目的として現地のドラッグを体験することも時に必要だといえるでしょう」
そう語るのは、ボルネオ島の狩猟採集民を中心に世界各国でフィールドワークを行ってきた文化人類学者の奥野克巳氏(立教大学異文化コミュニケーション学部教授)だ。現代日本では厳しく取り締まられているサイケデリックスのたぐいも、地域によっては宗教儀礼や伝統文化と強く結び付き、その土地を理解するためには不可欠なものになっている。
しかし、たとえば大麻に関しては、合法化されているカナダなどで日本人が所持・購入をした場合、国内の大麻取締法に基づいて処罰の対象になるとされる【※1】。研究目的であっても、使用者が処罰されることにはならないのだろうか。人類学者の蛭川立氏(明治大学准教授、国立精神・神経医療研究センター研究員)は、「これは解釈が分かれるところだと思います」と前置きした上でこう語る。
「大麻の場合、自生地であるインドやネパールでは宗教的な文脈で使われる限り、合法です。宗教儀礼での研究目的の使用も正当行為として認められるべきでしょう。同様に、サイケデリックスの使用についても各々の地域の法律に従うべきである、というのが私の立場です。物質としてのサイケデリックスは国際的に統制されていますが、サイケデリックスを含む植物は、特にその自生地では合法です」
国側が観光資源として活用しているペルー
世界中で広くサイケデリックスが使用されてきた目的・理由は大きく2つある。ひとつは「宗教・儀礼」、ひとつは「医療・観光」だ。
歴史的に見ても、たとえば古くから南米ではシャーマニズムとサイケデリックスとの強い結び付きが認められている。儀礼や呪術を司るシャーマンのもと、サイケデリックスであるDMTを含む薬草茶アヤワスカを使用することで意識の状態を変容させるのだ。だが、そうしたシャーマニズムは、既存の宗教や国家という権力機構からは歓迎される存在ではない。
「もともと国家権力とシャーマニズムは非常に相性が悪いんです。中央権力に対して宗教やシャーマニズムが強烈な力を持つと、社会の秩序が失われてしまう。特に、共産主義諸国では苛烈な弾圧が行われました。宗教儀礼に用いられてきたドラッグも、時の権力者や政治体制によって禁圧されてきたのです」(奥野氏)
蛭川氏は、ひとつの例を挙げる。
「ブラジルでは、アマゾンの先住民が使用していたアヤワスカが徐々に一般社会に浸透していった結果、80年代には社会的な問題になりました。その後、90年代に入ってから政府が認めた宗教法人に限り使用が許される形になりました。右派が政権を握ると規制が強化され、リベラルな政権になると緩和されるという、アメリカと同様の政治的な背景もあります」
一方、アヤワスカの伝統的な自生地であるペルーでは現在も完全に合法だ。そればかりか、むしろ国を挙げて観光資源として積極的に活用しているのだという。
「アヤワスカによるうつ病治療を目的とした施設を造り、観光政策に組み込んで一定の成功を遂げています。日本でも最近、“青汁王子”こと三崎優太氏が、アヤワスカを用いた療養経験をYouTubeで語って50万回再生されました。合法化して政府がコントロールすることで、反社会的組織や反政府ゲリラの資金源化するのを防ぐという効果もあります」(蛭川氏)