FBIや北朝鮮、旧東ドイツの諜報機関・シュタージを取材してきたTVプロデューサー。彼が書き上げた匿名小説の中身はノンフィクション?
(写真/斎藤大嗣)
「日本にもスパイがいるんですね」──。筆者がそう感想を伝えると「その言葉が聞きたかったんです」と、目の前の正体不明の男はニヤリと笑った。
『FOX 海上保安庁情報調査室』(徳間書店)は、某大手テレビ局の報道プロデューサーとされる川嶋芳生氏が、コロナ禍に書き上げた暴露型情報小説。報道記者として長年、海上保安庁を担当していた同氏は、あるとき庁内の“スパイ”と出会う。
「15年ほど付き合いのある海保安職員と立ち話をしていたとき、『あそこにいる奴、実はすごいんだぞ』と、近くにいた中年の男性を紹介されたんです。それが、海保安職員ながら、スパイ活動をしている人物だったんです。その後、彼とは何度か取材させてもらう関係になったのですが、待ち合わせ場所は『何時何分に◯◯で』と電話で手短に伝えられます。そこから、駅の雑踏の中で立ち話をしたり、移動の合間に歩きながら話を聞いたりと、短い時間でしか会えませんでした。もし、5分でも遅れると、すでにその場所にはもういない……。毎回、映画さながらの刹那的な関わりでした(笑)。そんな彼が最近退官されたので、改めて当時の話をじっくり聞く機会をいただき、それをフィクションとしてまとめたのが、今回の小説ですね」
報道畑の川嶋氏はなぜ、本職の「ノンフィクション」ではなく、「フィクション」というジャンルに手を出したのだろうか?
「新聞やテレビを通じて情報を世に出すためには、いくつかの情報筋からの証言が必須です。しかし、例えば北朝鮮に関する話は、複数人に裏取りすること自体難しい。だから、報道するほどの確証を持てませんが、本作では『伝えたい事実』と感じた出来事を物語に抽出しました。彼が人生懸けて調査したものを、余すことなく、お届けしたいという一心でした」