無形文化遺産登録で露呈した 伝統的な「和食」のほころび「うま味」(後編)

――甘い、辛い、酸っぱい……日本の食生活で日常的に出くわす味がある。でも実は、“伝統”なんかではなく、近い過去に創られたものかもしれない――。身近な味覚を通して、知られざる戦後ニッポンを掘り起こす!

【澁川祐子の「味なニッポン戦後史」】
【1】専業主婦率上昇で浸透した「だし」をめぐる狂騒 「うま味」(前編)
【2】魔法の白い粉「味の素」の失墜と再評価 「うま味」(中編)

昨今、だしブームが続いている。火付け役は、2006年(平成18)にだしパックを売り出した茅乃舎だ。たしかに初めてだしの試飲ができる売り場を見たときは、画期的だと思った記憶がある。

最近の小学校の家庭科教科書では、だしの取り方・役割が「伝統」のマークを付して解説されている。写真の上から『新しい家庭5・6』(東京書籍/2019年)、『わたしたちの家庭科小学校5・6』(開隆堂出版/2019年)より。

試しに、国立国会図書館で「だし」と名のつく本を「料理」というキーワードでふるいにかけて検索してみる。多少の漏れはあるだろうが、1980年代が2冊、90年代が7冊、2000年代で18冊になり、10年代では54冊と増加している。そのうち00年代は「簡単」「基本」を謳った本が多く、「だしいらず」を冠したものも5冊ある。10年代には簡単レシピだけでなく、プロが教える本格派も目立つ。ちなみに20年代は、まだ3年足らずで18冊がすでに出版され、注目はこの先も続く予感だ。目新しいのは、だしを活用した健康法の本が3冊もあったこと。切り口の変化から、世相が垣間見えてくる。

10年代にだし本が急増したのは、13年(平成25)に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されたことが影響しているのだろう。だが、農林水産省のサイトで登録に関する記述を見ても、不思議と「だし」の文字は見当たらない。

登録の正式名称は「和食;日本人の伝統的な食文化-正月を例として-」。さらに和食の特徴として「多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重」「健康的な食生活を支える栄養バランス」「自然の美しさや季節の移ろいの表現」「正月などの年中行事との密接な関わり」の4つが挙げられている。なんとも幅が広く抽象的だ。かろうじて2番目の解説に「一汁三菜を基本とする日本の食事スタイルは理想的な栄養バランスと言われています。また、『うま味』を上手に使うことによって動物性油脂の少ない食生活を実現しており、日本人の長寿や肥満防止に役立っています」とある。

「だし」ではなく「うま味」。だしに限らず、みそやしょうゆなどの発酵調味料も含めたいがために、この表現になったのだろうか。「和食」という大きな枠を設定し、何もかも取り込もうとしてわかりにくくなった背景には、じつは登録までの紆余曲折が大きな影を落としていた。

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