(写真/Dean Conger/Corbis via Getty Images)
サウナハットが購入できない――そんなニュースがヤフーで取り上げられるほど、まだまだ熱を放ち続ける国内のサウナブーム。しかし、その陰でじわじわと注目を集めているのが、ロシア発祥の「バーニャ」だ。一般的にバーニャとは木造の蒸し風呂小屋のことで、室内にはペチカと呼ばれる大型の薪ストーブが設置されている。その燃え盛る火の中で熱されたストーンに水をかけ(いわゆるロウリュ)、蒸気を発生させることで体感温度/湿度を高めていき、汗を流す。
日本の一般的なサウナは90~100度が好まれるが、バーニャは50~60度が基本で、熱くても80度前後。その分、湿度でゆっくりと体を芯から温めていくのが特徴だ。また、「ウィスキング」と呼ばれる白樺やオークなどの枝葉を用いたリラクゼーション・トリートメントも同様に注目されており、ロシアが歴史を築いてきた独自のサウナ文化を、ここ日本でも体験できる施設が続々と増えてきている。
本稿では、仕事で4年間駐在したロシアでバーニャ文化に心を打たれ、自らウィスキングの施術もマスターし、法人「バーニャジャパン」を設立した根畑陽一氏(a.k.a. ネバーニャ)に、その歴史と魅力を紐解いてもらった。
日本でバーニャ文化を広める活動を行っている根畑陽一氏(以下、すべての写真は根畑氏の提供)
――サウナはフィンランド発祥で、ロシアには「バーニャ」という温浴文化がありますが、歴史は長いのでしょうか? また、ロシア国内において、バーニャはポピュラーな文化なのでしょうか?
根畑陽一(以下、根畑) 日本人がイメージするサウナはフィンランド発祥ですよね。実は、バーニャとサウナはどちらが先に始まったかわからないくらい互いに古くから続いていて、記録に残っているものでも1000年以上の歴史があるといわれています。大人はもちろんですが、小さな子どもやお年寄りも入るので、バーニャはロシア人であれば誰しも入ったことがあるものです。その背景にはロシアの気候的な寒さがあり、加えて日照時間の少なさも関係していると思います。冬季は10時に太陽が昇り、16時には沈んでしまうので、そうした環境下で“温かいエネルギーを得る”という意味でもバーニャは長く愛されてきたのでしょう。
――ロシアでは「サウナ」とは言わないのでしょうか?
根畑 そこには使い分けがあって、木造でできた小屋に薪ストーブがあり、手作り感のある伝統的なものをバーニャと呼び、電気ストーブで人工的な作りで、ホテルの一室に備えられているようなものをサウナと呼んでいます。また、バーニャはヴェーニクという白樺やオークなどの枝葉を束ねたもの(※フィンランドのサウナでは「ヴィヒタ」と呼ばれる)で体を叩く前提があるのですが、サウナでは使わない場所もあるので、わかりやすく「ロシア・バーニャ」と「フィンランド・サウナ」という呼び方もします。温度が低く蒸気で楽しむバーニャ、温度が高く乾燥しているのがサウナと区別されることもあります。
――ロシアにもサウナ施設はあるのでしょうか?
根畑 あります。もともとロシアは農民が多く、体を使う重労働がメインだったため、体をリフレッシュする意味でも蒸気浴が愛されてきました。そうした歴史からバーニャが生まれたと言われ、発展していくうえで都会に工業労働者向けの(フィンランド発祥の)サウナ施設もできていきました。もちろん、公衆バーニャもありますが、基本的にバーニャは一般家庭や別荘などで家族や友人と楽しむ、また接待の一環として利用されてきた側面があります。一方で、多くの人が出入りする公衆バーニャや公衆サウナは回転率重視で、温度が高くなる傾向があります。現地にいるバーニャマスターからすると、急激に体を温めると心臓に負担をかける危険もあるので、高温で短時間入るサウナ施設に賛成していない人もいます。
――バーニャのスタイルのほうが、ロシアの国民性として理に適っているということでしょうか?
根畑 ロシア人は一言で言うと、ヨーロッパとアジアのミックスのような感じがするんですね。ヨーロッパでは一部の国々を除いては、お風呂に誰かと一緒に入る文化はあまりない。アジア、特に日本は一緒に温泉やお風呂に入り、裸の付き合いで絆を深めたりしますよね。そんな感覚がロシア人にもある。先ほど「接待の一環としてのバーニャ」という話をしましたが、僕もモスクワ駐在中にバーニャ接待を受けたんです。そうした人との交流でも使われ、ロシアは意外とおもてなし好きだったりするんです。
――そのような長い歴史を持つバーニャ業界で、近年劇的な変化は起きているのでしょうか?
根畑 大昔から「セルフで叩く」「友達の背中を叩いてあげる」といったウィスキングは存在していましたが、プロが施術するウィスキングが確立してからは、まだ20~30年の歴史なんですね。「現代ロシアバーニャ界の父」と呼ばれるヴァシリー・リャーホフさんというウィスキングマスターがいるのですが、彼は昔から伝承されてきたようなバーニャの民間療法をプロの技術“クラシック・ウィスキング”として体系化しました。それがひとつの“職業”として成立していったんです。僕もリャーホフさんのもとで3回ほど講習を受けたんですが、ウィスキングを学びたい人も増え、公衆バーニャのような施設でもレベルの高いプロの施術を受けられるようになったのは大きな変化かもしれません。実はロシア人でもプロのウィスキングを体験した人はそれほど多くありません。
「これって合法……?」と思ってしまうほどのリラックスを得られるウィスキング
――日本では千葉県船橋の「ジートピア」をはじめ、ウィスキングを受けられる施設が増えてきています。根畑さんがロシアで初めて体験されたときは、どのような感想だったのでしょうか?
根畑 こんなに気持ちよく、かつ原始的な体験があるんだ、という驚きでした。そもそも葉っぱで叩かれたり、温められたりした経験がなかったので(笑)。また、体の外側から温まるというより、本当に内側から温まる感覚で、施術を受けた際は腰痛を持っていたのですが、痛みが和らいだような感覚になりました。日本のサウナブームでは、「ととのう」という、脳が軽くなるような感覚がフォーカスされがちですが、ウィスキングにはまた違う気持ちよさがあると思います。