アディダスのジャージを着た“ヤンキー”が踊る「ロシアン・ハードベース」 ウクライナ侵攻後はプーチン批判の曲も

――素行の悪そうなロシアの若者たちが、アッパーかつチープなビートに乗って奇妙なダンスを踊る――。「ロシアン・ハードベース」と呼ばれるダンス・ミュージックがかの国には根づいているが、2010年代後半、その動画がネットミームとなった。こうして世界からも注目されていたが、今年2月にロシアはウクライナへの侵攻を開始。以降、シーンはどうなってしまったのだろうか? 『共産テクノ 東欧編』『共産テクノ ソ連編 増補改訂版』(共にパブリブ)を著書に持つ四方宏明氏が、改めてこの文化の成り立ちや特徴、担い手などを整理し、そして現状を探った。

YouTube上にあるDJ Blyatman & Russian Village Boys「Cyka Blyat」のミュージック・ビデオより。

ロシアン・ハードベースとは何か?

共産テクノ ソ連編 増補改訂版

拙著『共産テクノ ソ連編 増補改訂版』で書籍としては初めてロシアン・ハードベースを紹介した。ロシアン・ハードベースの三大構成要素は、「ドンクベースと呼ばれるサウンド」+「ゴプニクというコンセプト」+「普及を促したネットミーム」だ。まずドンクベースから説明しよう。ドンクとはパイプや竹を叩いたときに出るような音で、これがメインのベース音となったものがドンクベースであり、ハードベースのサウンドの象徴ともいえる。ハードベースのルーツをたどれば、オランダ出身のハードハウス系ユニットであるKlubbheadsに行き着く。1990年代終盤に生まれたハードベースは、2000年代初期からロシア・サンクトペテルブルクのDJに注目され始め、地道にシーンを形成していった。


共産テクノ 東欧編

00年代終盤となると、ハードベースに合わせてダンスをする若者たちの集団の動画が、SNSの「フコンタクテ」をはじめとしたロシア語のネット(Runetと呼ばれる)に投稿され始めた。これらの動画は増殖し、Runetだけでなく、YouTubeなどにも伝播していき、ネットミーム現象として10年代の後半にはグローバルな拡散が起こった。


Russia Hardbass Crazy Dance

この動画で腰をかがめ、足踏みをし、拳を握り、曲げた腕を上下させるダンスはパンピングダンスと呼ばれ、踊る若者たちがゴプニクである。1917年の十月革命後のサンクトペテルブルクに略称「ゴプ」と呼ばれる下層階級のための施設が設立され、そこにホームレスの子どもや若者たちが収容された。その「ゴプ」に「人」を意味するロシア語の接尾辞の「ニク」が付くことで、「ゴプの人」という意味のゴプニクが誕生したとされるのがもっとも有力な説だ。ロシア語圏における「不良」の俗称がゴプニクだが、日本語であえて近い言葉を挙げれば、「ヤンキー」である。

ロシアン・ハードベースのPVにはステレオタイプ的ゴプニクが登場するが、もっとも顕著な特徴は、アディダスのトラックスーツだ。彼らのお決まりのポーズはスラブスクワット、いわゆるヤンキー座り。このゴプニクというコンセプトとロシアン・ハードベースが合体することで、10年代中盤頃からロシアン・ハードベースは盛り上がり始めた。シーンの中心となったのは、DJ Blyatman。名前にもゴプニクが多用する「ブリャット」を含み、意味としては「Shit-man」または「Fuck-man」に近い。出身はロシアではなく、スロバキアであるが、国境をまたいでほとんどのハードベース系アーティストとコラボレーションをしているハブ的存在である。

DJ Blyatmanの代表曲が、Russian Village Boysとコラボレーションした「Cyka Blyat(スーカ・ブリャット)」(18年)だ。「fucking bitch」みたいな感じの罵倒の表現である。PVではゴプニクとゴプニツァ(ゴプニクの女性形)がひたすら「Cyka Blyat」と歌いながらパンピングダンスをしている。

DJ Blyatman & Russian Village Boys「Cyka Blyat」

すでに「Cyka Blyat」をYouTube視聴回数で抜いたのが、dlbをフィーチャーした「Kamaz」(20年)だ。dlbはエカテリンブルク出身の、男2人女1人のトリオ。Kamazは、ソ連時代に国営企業として設立されたトラック製造会社である。ビッチキャラのローラ・オボレンスカヤは、字幕には出ないイケナイ英語を発しながら、Kamazの荷台でパンピングダンスで弾けている。

DJ Blyatman & dlb「Kamaz」

ゴプニクの生態を理解する上で、お勧めするPVは「Slav King」だ。Borisは、ゴプニクのライフスタイルを紹介する登録者数330万人超のYouTubeチャンネル「Life of Boris」を運営している覆面YouTuberで、DJ Blyatman以外にXS Project、Uamee、Alan AztecとコラボレーションをしたPVを発表している。諸説ある中、エストニア在住者である可能性が高い。

Boris vs. DJ Blyatman「Slav King」

ロシアン・ハードベースという名称からロシアのアーティストのムーブメントという印象を与えてしまうが、DJ Blyatman、Boris、Uamee、Alan Aztec、Gopnik McBlyatなど半数以上はロシア以外のアーティストである。

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