なぜ「永遠の化学物質」汚染拡大は止められないのか

――ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地

[今月のゲスト]

小泉昭夫(こいずみ・あきお)
[京都大学名誉教授・社会健康医学福祉研究所所長]

1952年、兵庫県生まれ。78年、東北大学医学部卒業。秋田大学医学部教授、京都大学医学研究科環境衛生学分野教授を経て2018年より現職。同年より京都大学名誉教授。共著に『永遠の化学物質 水のPFAS汚染』(岩波ブックレット)など。


現在のコロナ禍において、見過ごされてきた問題のひとつに環境問題があるが、今回は「永遠の化学物質」の異名を取るPFASによる環境汚染と健康被害の問題を取り上げてみたい。PFASによる土壌汚染や健康被害は、映画『ダーク・ウォーターズ』でも扱われ、アメリカやEUが規制に乗り出しているのに対し、日本ではほとんど話題にさえなっていない。

神保 今回は、これまで主要メディアがほとんど取り上げていない、「forever chemical=永遠の化学物質」の問題を扱います。ゲストには京都大学の名誉教授で現在、社会健康医学福祉研究所の所長を務めておられる小泉昭夫さんをお迎えしました。早速ですが、今回の主役である「forever chemical」とは何かをご説明いただけますか。

小泉 まず、何が「永遠」なのかということですが、端的に言って、ものすごく壊れにくいということです。代表的なものは、PFOA(パーフルオロオクタン酸/C8HF15O2)とPFOS(パーフルオロオクタンスルホン酸/C8HF17O3S)。両方とも「オクタン」がつき、これは構造式にC(炭素)が8個あるという意味です。

神保 門外漢の僕らが「Cが8つ」とか聞いてもチンプンカンプンですが、なにがポイントなのでしょうか。

小泉 構造式を見ると、CとF(フッ素)が並んでいます。FがH(水素)であれば脂肪酸になるのですが、フッ素を含んだ天然の有機化合物は非常に少なく、現在数十しか知られていないし、こんなに多くFが入ったものは自然界に存在しません。それは、CとFを結びつけるために膨大なエネルギーを必要とするからです。裏を返すと、引き離すにも膨大なエネルギーを要する。だから壊れないんです。

これが人体に入るとどうなるか。Cが3個くらいであれば、非常に尿中に出やすく、体に蓄積されませんが、Cが8個という化学的に安定したものになると、ほとんど排出されず体内に蓄積するという特徴があります。かつ、申し上げたように壊れない。さらに毒性のメカニズムとして、人間の体にはペルオキシソームという脂肪を分解するための組織があり、それを非常に刺激する特徴があります。そのためPFAS類縁の一群のグループは、発がん性や胎児毒性を共通の毒性として持つのです。

神保 なるほど、人体に入ると壊れないばかりか、人体が進んで細胞内に取り込んでしまうような厄介な性格を持っているということですね。

フッ素化合物は総じてPFAS(パーフルオロアルキル化合物、ポリフルオロアルキル化合物及びこれらの塩類)と呼ばれています。PFAS自体は米化学会(ACS)の登録番号が与えられたものだけでも4730種あり、そのすべてに毒性があるというわけではありませんが、その中でも「C8」の化学式を持つPFOAとPFOSは、非常に高い毒性があると指摘されています。

米・欧州環境庁(EEA)のデータによれば、確実性が高い健康被害として、胎児では「乳腺の発達遅延、ワクチン摂取効果の減弱、低出生体重」が、確実性が中程度のものとして、「肥満、思春期早発症、流産リスクの増加、精子の数と運動能力の減少」などが挙げられています。また大人では、確実性が高いものに「甲状腺疾患、コレステロール値の増加、肝障害、腎障害、精巣がん」、中程度のものに「乳がん、潰瘍性大腸炎、妊娠高血圧症、妊娠しにくくなる」などが挙げられています。

小泉 EUの環境庁だけでなく、アメリカも明確な有害性の認識を持っていますが、日本だけが非常に曖昧にしています。

神保 特に胎児への影響が非常に大きいとされ、中でも精巣がんなどの生殖系へのダメージが顕著ですね。

小泉 精巣がんは非常に数の少ない希少がんで、10〜30代の若年層、いわゆる「AYA(Adolescent and Young Adult) 世代」に多いがんで、これまで注目されてこなかったために、PFAS関連での疫学調査は世界でも十分に進んでいません。

宮台 気になるのは、コレステロール値や肝障害など、いわゆる成人病の症状と重なっているところです。単にメタボだと捉えてしまう可能性があり、気づかれずに隠れてしまっているかもしれない。

小泉 おっしゃる通りです。

神保 フッ素化合物に対する日本の基準は非常に緩く、またほとんど調査が行われていないため、健康被害の実態は何もわかっていないに等しいと言っていいと思います。ただ、ちょっと水道水を調べると、かなり高い濃度のフッ素化合物が検出される事例が相次いでいるようです。小泉先生もご自身で調査をされているとのことですので、日本で検出された数値については後ほど詳しくうかがいたいと思いますが、壊れない永遠の物質なので、一度人間が作ってしまうと、生態系の中をグルグルと回り続けることになります。汚染源としては工場からの廃液の他、消火器の消火剤が指摘されています。泡消火剤にPFOSやPFOAが入っていると、よく火が消えるのでしょうか。

小泉 そうなんです。化学的に安定しているから、火で燃えてしまわない。それで泡を作れば内部が酸素不足となり、消火できるということです。油でも、火薬、戦闘機のジェット燃料でも消火できるので、軍隊で非常によく使われています。

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