布川“冤罪”事件と検察、警察、そしてメディアの欺瞞

――ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地

[今月のゲスト]

桜井昌司(さくらい・しょうじ)
[布川事件元被告人・冤罪被害者]

1947年、栃木県生まれ。67年8月に起きた強盗殺人事件の犯人として逮捕・起訴され、78年に無期懲役が確定。96年の仮釈放後、2011年、再審公判で無罪判決が確定。21年、国と県への損害賠償訴訟に勝訴し7400万円の賠償命令を勝ち取る。著書に『俺の上には空がある広い空が』(マガジンハウス)など。


御歳74歳になる桜井昌司氏は1967年、20歳の時に突如逮捕され、捜査当局による嘘や改ざんなどによって茨城県利根町布川で起きた殺人の自白に追い込まれた。結果、29年間、刑務所に入れられることになったのだが、これが最悪な冤罪事件のひとつとも言われる布川事件だ。なぜ犯行を自白したのか、なぜ29年間も自由を奪われたのか、その背景に迫る――。

神保 今回は改めて日本の司法の闇を真正面から取り上げたいと考えています。

宮台 水俣病に関するドキュメンタリー映画『水俣曼荼羅』が公開されたばかり(※2021年11月27日公開)ですが、司法の問題も基本構造はよく似ています。昔の厚生省、あるいはある時期以降の環境省、あるいは熊本大学の医学部の医者たちも、基本的に一度踏み込んだ道から戻れず、無謬性の原則で前に進む。水俣の場合は、そのもとで何万人という規模の人が苦しむ状態になりました。それでもメンツ、組織の中のポジションにこだわり、後に引き返せない。あらゆる場面でそれが繰り返されるのは、日本人には、どんな問題があっても貫徹する規範、価値観がないからです。

神保 司法については、実際には犯罪を犯していない人が裁判にかけられ有罪となる、いわゆる冤罪事件が問題になっています。特に、冤罪であるにもかかわらず長期の懲役を強いられたり、場合によっては死刑判決を受けるような事例も見られます。今回はまさに冤罪の当事者で、人生の大半を刑務所で過ごされたご本人に、スタジオにお越しいただきました。布川事件の元被告人の桜井昌司さんです。桜井さんはご自身の経験をもとに、冤罪をなくすための活動もされており、その言葉には重みがあります。

宮台 ドキュメンタリーも拝見して、よく心が折れずにここまで頑張ってこられたな、と。

神保 まず事件を振り返ると、1967年8月に茨城県北相馬郡利根町の布川で他殺体が発見され、同年10月に桜井さんと桜井さんのご友人の杉山卓男さんが逮捕されました。この時、桜井さんは弱冠20歳でした。結局桜井さんはそこで逮捕されてから……仮釈放がいつでしょうか?

桜井 96年11月です。

神保 つまり29年間、ずっと身柄を拘束されていたわけですね。しかし仮釈放後、2度目の再審請求が通り、そこで桜井さんは無罪を勝ち取られましたが、最終的に無罪が確定したのが2011年ですから、44年間、殺人者の汚名を着せられていたことになります。しかも、検察は最高裁に対する特別抗告まで申し立てて、最後まで再審請求に対して徹底的に抵抗しました。そして最終的に無罪が確定しても、つまり裁判所によって検察の見立てが間違っていたと断じられた後も、検察はまだひと言も謝罪していません。これは警察についても同じです。

桜井 彼らは、「杉山・桜井が犯人であることは変わらない」と公言していますから。

神保 マジですか。再審無罪が確定した後、桜井さんが起こした損害賠償請求についても、検察は徹底的に争っており、端的に言えば無実な人間を29年も拘束してしまったことをまったく反省していないわけです。無罪が確定するまで44年間、これだけ長い間、最後まであきらめずに自分の無実を訴え続けることができた、力の源はなんだったのでしょうか?

桜井 やっていないからです。10年間、「やっていない」と言い続けている人は、みんな無罪だと思います。そうでなければ、エネルギーが続きませんから。また、「頑張りなさい」と言ってくれる支援者の存在も大きかったし、「警察が真実、裁判は公正なもので、そのシステムで正義が守られている」という錯覚に基づいて社会が成り立っているということへの怒りもありました。

神保 事件で遺体が発見された後、桜井さんは約40日後に逮捕されていますが、当時警察はなぜ桜井さんに白羽の矢を立てたのでしょうか?

桜井 当時、付き合っていた彼女が東十条に住んでおり、彼女の職場に電話したら、「茨城県警のお巡りさんが何日も前から私の家を見張っている」と言うんです。本当に恥ずかしい話、当時は東京のほうで何度か窃盗をしてしまったのですが、茨城ではしていなかった。彼女の家に行くと、「柏の同級生のズボンを盗っただろ。その件で話が聞きたいから来てくれ」と言われ、自分が窃盗をしていたのは事実なので、過去をすべて清算してやり直そうと覚悟して、ついて行きました。

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