『未来は予測するものではなく創造するものである 考える自由を取り戻すための〈SF思考〉』(樋口恭介/筑摩書房/2021年)
――SDGs達成に向けて方々でイノベーションが求められる中、“SFプロトタイピング”という手法が世界的に注目を集めている。『未来は予測するものではなく創造するものである 考える自由を取り戻すための〈SF思考〉』(筑摩書房)の著者で、SF作家の樋口恭介氏に「"SFプロトタイピング"とは何か?」を聞いた。
「SDGsを達成しよう」。でもどうやって? 何のとっかかりもなく考え始めても、思いつくのは「印刷した紙をどれだけ削減した」とか「エコバッグを使う」とか、誰でも思いつくようなことばかりかもしれない。そんなあなたの一助となるかもしれないのが、“SFプロトタイピング”だ。
SF作家でありながらITコンサルタントでもある樋口恭介氏は、“SFプロトタイピング”とは「目を開けたまま夢を見るための思考ツール」であり、「妄想で発想をぶっ飛ばすこと」だと話す。「プロトタイピング」とはもともとデザインシンキングの用語で、紙やペン、ダンボールなど手近なモノでつくったプロダクトの実装イメージをもとに簡単なシミュレーションを行いつつ、具体的な完成像を模索していく手法だ。そこに“SF思考”を接続するのが、“SFプロトタイピング”となる。
樋口氏は“SF思考”について「社会内部における概念的な転置こそ、SFの本質である」というSF作家フィリップ・K・ディックの言葉を引きつつ、「なぜ自分や世界が今のあり方なのか」を再考し、未来の別のあり方(オルタナティブ)を思考/志向するアプローチと定義する。
“SFプロトタイピング”は現在、世界中で行われており、アメリカには成果物としてSF小説を納品するコンサルティング会社「サイフューチャーズ」などがある。また、日本では2018年に総務省が同省の若手職員たちによるSF小説『新時代家族~分断のはざまをつなぐ新たなキズナ~』を発表。内閣府の「『ムーンショット型研究開発制度』に係るビジョナリー会議」の構成員に日本SF作家クラブ元会長の藤井太洋氏が名を連ねるなど、SFプロトタイピング実践の流れが起こり始めている。
それでは、“SFプロトタイピング”はSDGsの達成にあたって、どのように有効なのだろうか?
「これまでの経済活動は利益中心主義で、あらゆるリソースは金という数字を増やすためだけに費やされてきました。しかし、そもそも経済は基本的に人を幸福にするために生まれたシステムのはずです。人の幸福がまず目的にあり、金稼ぎはその手段に過ぎません。そして幸福のためには当然、人が暮らしている地球という有限な資源についても考慮する必要がある。
SDGsはそのように、近年の利益中心主義に対するオルタナティブを提示し、自己目的化した経済を世界的な規模で問い直すきっかけになっているという点で、とても重要なものだと思います。SDGsを本気でやろうとすると、すべての事業体は思想や理念のレベルから抜本的に変わらなければいけません。
一方で、これまでのやり方は変えずに、単に『やってる感』だけを醸し出しつつその場しのぎをしようとしている事業体も多くあります。環境や社会を重視したESG投資などを単なる大義名分として、従来のビジネスにおけるKPI至上主義といった考えに囚われたまま、『紙使用率を年間30%削減する』といった指標を掲げ、『紙を削減する代わりに電子化のためのサーバー稼働台数は増加し、消費電力は大幅増ですが、目標は達成しました。我が社は環境に優しい会社です。投資してください』という、冗談のような本末転倒がいろんなところで起きているのです」(樋口氏)
こうした状況にあって、SFプロトタイピングは「イシュー(目的)から始める」のではなく、未来に向けた「問題提起」こそを重要視すると樋口氏は話す。