萱野稔人と巡る【超・人間学】――人間の身体と医療(前編)

――人間はどこから来たのか 人間は何者か 人間はどこに行くのか――。最先端の知見を有する学識者と“人間”について語り合う。

普段は特に意識することなく当たり前に使っている自分の体。しかし、最もよく知っているはずのこの身体には実は不思議なことばかり!? そんな身体と医療の関係について、医師・山本健人氏と語り合う。

山本健人氏(写真/永峰拓也)

今月のゲスト
山本健人[医師・医学博士]

2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。医療情報サイト「外科医の視点」を運営し、ツイッターなどSNSでも情報を積極的に発信。主な著書に『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方 』『がんと癌は違います』(共に幻冬舎新書) 、『患者の心得』(時事通信社)など。


萱野 山本さんの著書『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)は人体と医学に関する興味深い話や奥深い知見が幅広く盛り込まれていて、とても面白く読ませていただきました。私の専門は西洋哲学なのですが、近代哲学の祖といわれるデカルトも実は人体に強い関心を抱いていました。デカルトは自ら人体解剖を行い、解剖についての本も書いたほどです。その経験をもとに、人間の身体は脳内にある松果体を通じて精神と結合しているという心身二元論を提唱しました。近代医学はヨーロッパでルネサンス時代に人体解剖が解禁されたことで発展を遂げましたが、その点からすると、哲学も医学も人体を解剖することで近代化の第一歩を踏み出したと言えるかもしれません。山本さんのご著書も、解剖のお話から始まっています。医師である山本さんにとって、解剖とはどのような経験でしたか。

山本 確かに解剖は医学のスタート地点といえるかもしれません。医学部のカリキュラムも解剖学から始まり、人体解剖実習を行います。実習では医療の発展のために献体してくださったご遺体を、数人ずつのグループに分かれて解剖します。私が初めて人体の構造を見たときに抱いた感覚は「人間の体も他の動物と変わらない有機体に過ぎないんだ」というものでした。それまで無意識のうちに人間は他の生物と比べてどこか特別だと思ってきたところがあったんだと思います。しかし、自然科学という学問領域の中で見れば、人体も自然界の有機物がたまたま集まって構成されたものであって、やがてまた自然界に還っていくものに過ぎないんだな、と。有機体としての精密さにも驚きつつも、そのような今まで感じたことのない感覚を抱きました。その一方で頭部を解剖するときは、精神的にちょっとこたえるところがありました。やはり、ここに人間ならではの思考や感情を生み出すものがあるという意識がずっとあったからだと思います。

萱野 たとえ人体が有機体として他の動物と変わらないものだとしても、やはり頭や顔は人間にとって最も人間らしい部分かもしれませんね。私たちは日常的に互いの顔を見て社会関係を作り上げていますし、脳についても人間的な考えや感情が生み出される場所だと考えています。いくら解剖によって人体の仕組みが他の動物と変わらない有機体だと悟ったとしても、頭部に初めてメスを入れるときの衝撃は大きいでしょうね。

山本 自然科学の領域でとらえた人体が有機物に過ぎないとしても、私たち人間は他者という存在がいて初めて成り立つ存在です。おそらく、そうした関係性の中に単なる有機物を超えたものを感じているということなのだと思います。医療が目指しているのも、有機体としての異常を科学的に正すだけではなく、患者さんが社会で健康な生活を維持できるよう働きかけることです。人間の身体を有機物として見ながら、同時に社会的な存在としても見なくてはならない。そこが医学の興味深い部分でもあると思います。

萱野 医療もまた社会的な文脈の上に成り立っているということですね。そこでは、患者がどのような治療を望むのか、どういうかたちで社会復帰をしたいのか、といった意思も重要な要素になってくるでしょう。そういった人とのやりとりも含めて医療行為だということですね。

山本 解剖学から始まる医学部のカリキュラムも、まず基礎医学で有機物としての身体の構造を学び、そこから医師という存在が社会の中でどういう働きをしているのかという観点で臨床医学を学びます。

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