――9月29日の自民党総裁選投開票を前に、政局が活発に動いている。政治の世界は国民が注視する表舞台だが、当選する議員もいれば落選する議員もいる。代議士という立場を失った元議員のその後はあまり知られていない。そこで今回は、某政党の現役職員に、知られざる政治家のお財布事情について聞いてみた。
(写真/getty images)
――政治家のお財布事情はどのようになっているのでしょうか? 政治にはお金がかかるといいますが……。
選挙に出るのには本当にお金がかかります。一例として30代の2世議員でない人が国会議員になろうとして衆議院、もしくは参議院の選挙に出た場合、標準的な金額としては、2500万円くらいかかるのでは。
ただ選挙に出るということは、なんらかの支持母体はあるのでしょうから、そういったところから500万円くらいはかき集める。大きな政党だったら、1000万円くらいは政党から公認料や交付金といった名目で援助してもらって、あとは自分のためておいた貯金を1000万円くらいは使う。
特に、小選挙区制の衆議院と違って、比例で全国を飛び回って選挙活動をする必要がある参議院の場合、このくらいはないと選挙に出るのは難しいですね。選挙には事務所代や人件費、印刷物の郵送費など、本当にお金がかかりますから。
――そもそも、そんなに貯金のある人は少ないでしょうし、お金を出してくれる支持母体など、普通の人にはないのでは?
選挙に出るということは、個人的な利益よりも、なんらかの団体や業界の意見を代表するために出る側面が強いので、支持母体くらいあるはずです。貯金にしても政治家になるという志を抱いているのならそれなりにためているはずで、それすらないのに選挙に出るというのは、ちょっと無謀ではないでしょうか。
――普通の人がいきなり政治家にはなれないことを知らされた気分です。
ただ、選挙区が大きくて知名度の高い人が有利な参議院の場合は、支持母体がしっかりしていないと厳しい面がありますが、選挙区が小さくて選挙の回数も多い衆議院だと、ある程度の経歴があって政策を語れて、お金も1000万か2000万くらいあったらわりと簡単に出られるのでは。
特に野党は人材がいませんから、さらに著書の1冊でもあったら、向こうから頭を下げて「出てください」と言ってくるケースはありますよ。
――なるほど、やはり国会議員よりは、県会議員とか、市会議員のほうがまだなりやすいでしょうか?
どうでしょう。衆議院とか参議院に1期だけ受かるというのは、運とやる気とタイミングが合えば当選することもありますが、そういう人はたいてい、2期目は落選しますね。市議や区議のほうが簡単に当選できるかどうかでいえば、4期も5期も続けるのは国会議員を1期だけやるよりも大変だと思います。
――では、選挙に落ちた国会議員のその後はどのようになるものなのでしょうか?
それはいろいろなパターンがありますが、その人がどういった世界から議員として出てきたのかが大きく影響します。
自民党の場合は医師会とか、薬剤師会とか、各種士業の団体から出てきている場合が多いですから、そういう人は落選したら当然元の業界に戻ります。医師会から出ていたら医師に戻ったり、大きい病院の役職に就いたりします。野党の場合は、労働組合を母体として出てきている場合が多いですね。
あとは一度国会議員になった経歴があったら、大学によっては割と簡単に「客員教授」などの肩書と地位が得られる場合もあります。
――教授になるには論文などを書く必要があるのでは?
論文を書かずに大学教授になっている人などはいっぱいいますよ。元政治家は何かしらの委員会に入って特定の問題について常に議論していたわけで、政治家として自分がした質問を元に法律ができたりしていたら、もうその分野の専門家ですよね。当然それについて教えられる。学者にとっての業績が論文であるならば、政治家としての経歴を業績として売り込めるわけです。
――では落選した後、再就職できなくて困るということは?
普通はないのですが、国会議員を務めたのが1期だけ、しかも弱小の野党だとかなり厳しいですね。地元が人口や産業が少ない田舎だったりすると、「元議員なんて使いづらい」と、かえって敬遠されます。ある現役国会議員によると、「元議員で生活保護受給者になった人が10人以上いる」という噂もあるそうです。
特に一時期乱立した小政党には、そんな人もいそうです。最大野党だった社会党のときと比べて、党が消滅寸前まで縮小している社民党系も怪しいですね……。党に落選した議員の生活を支える力がないし、選挙活動で背負った借金だけが残ったら、自己破産するしかなくなりますからね。
――落選した議員の生活を政党が面倒を見てはくれないのですか?
落ちた後でも面倒を見てくれるのは公明党と共産党だけでしょうね。公明党だったら支持母体の創価学会幹部になれるし、共産党は支持基盤が厚いのと、赤旗の売り上げでお金を持っていますから。
主要政党で国からの政党助成金をもらっていないのは共産党だけなんですよ。国からのお金なんてもらいたくないということかもしれないけど、それだけ経済的に余裕があるということでもあります。ただ、最近は支持者の高齢化もあって厳しくなってきていますけどね。
あとは自民党ですら、落選議員の面倒を見きれているかというと、怪しいんじゃないかな。
――そうすると、当選すらしなかった泡沫候補はもっと大変ですね。
選挙に出るのには何百万円という供託金を収めないといけなくて、得票数が一定以下だと没収されるわけですから。それが返ってくる見込みがないのに出馬する人は、趣味で選挙に出ている、あるいは売名行為としか思えないですよね。
最近多くなってきた、YouTuberの出馬などは、後者のパターンが少なくないでしょう。全国の新聞やテレビに自分の名前が出る宣伝費と考えれば、すごく割がいい。自分の名前を売ってYouTubeの視聴者数を上げるための広告と考えれば、結構おトクかもしれないですね。
――落選したら議員だったときの特権は失ってしまうのでしょうか?
そうともいえないです。落選しても元国会議員というだけである程度の権利は残っていて、前議員バッジ(現職議員のバッジは紫だが、前議員は色違いの緑のバッジを与えられ、省庁などで相応の扱いを受けることができる)というのもあるし、議員会館や、国会、各省庁にも入れます。
国会図書館は元議員になっても職員に「こんな資料が欲しい」といえば出してくれるし、現職だったときに入れたところで入れなくなるのは、国会の議場、すなわちテレビで映る国会議員みんなが座っているところくらいですね。再就職もどこかから声がかかることが多いし、そう考えると、なんだかんだいっても国会議員って一度やったらおいしい職業なのは間違いないですね。
(取材・文/里中高志)