昨秋、国立歴史民俗博物館で開催された「性差の日本史」展が大きな反響を呼んだ。ジェンダーという観点から、歴史の新たな側面を照らす展示となった。歴史学という学問の世界そのものもジェンダーバイアスと無縁ではない――。
国立歴史民俗博物館で開催された「性差(ジェンダー)の日本史」展の様子。
「歴史は勝者によって書かれる」──作家ジョージ・オーウェルが述べた、よく知られた箴言だ。「歴史は強者によって書かれる」と言い換えることもできるだろう。時代時代で権力を握り、政治や経済、社会を動かした人物たちを中心に語られるもの。それが大文字の歴史だ。
日本で歴史が語られるとき、表舞台に立つのは大半が男性である。日本史の教科書に載っていた肖像画や写真を思い出せば、ほとんどが男性だったはずだ。女性やセクシャル・マイノリティなど、社会の権力構造における弱者の視点から歴史が語られることは少ない。
昨秋、千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館で「性差(ジェンダー)の日本史」と題した展示が行われた。古代社会で「男」と「女」の区分はいつどのようにして生まれたのか、中世の女性の働き方や政治との関わり方、近世・江戸時代の大奥の政治的権能、遊郭を中心とした売買春の実情、そして近代化と女性の生き方との関係など内容は多岐にわたり、280点以上の資料を通じて紹介する大掛かりなものだった。同展示は話題を呼び、コロナ禍に加えて不便な立地をものともせず大勢の入場者が訪れ、図録は7000部を売り上げた(2020年12月時点)。博物館のプレスリリースには以下の記述がある。
「時の流れに浮かんでは消える無数の事実を指す『歴』と、それを文字で記した『史』。日本列島社会の長い歴史のなかで、『歴』として存在しながら『史』に記録されることの少なかった女性たちの姿を掘り起こす女性史研究を経て、新たに生まれてきたのが、『なぜ、男女で区分するようになったのか?』『男女の区分のなかで人びとはどう生きてきたのか?』という問いでした」
ここに登場する女性史研究とは、歴史の中の女性に光を当て、女性が社会でどのように位置づけられていたかを研究する歴史学の分野のひとつ。日本では戦前に端を発し、戦後1970年代には在野の女性研究者を中心に裾野を広げていった。80年代に入って『日本女性史』(東京大学出版会)全5巻の大著が刊行され、総合女性史研究会(現・総合女性史学会)が創設されるなど大きく広がりを見せた。そして90年代以降、ジェンダー概念を取り込んでジェンダー史研究も盛んになっていった、という経緯を持つ。