――社会に広がったLGBTQという言葉。ただし、今も昔もスポーツ全般には“マッチョ”なイメージがつきまとい、その世界においてしばしば“男らしさ”が美徳とされてきた。では、“当事者”のアスリートたちは自らのセクシュアリティとどのように向き合っているのか――。
(写真/佐藤将希)
「『男だろ!』ってハッパをかけられたら? 男ですけど、男が好きなんです、なんて冷静に答えちゃうかもしれないですね」
喫茶店の座席に屈強な体を縮こめ、窮屈そうに座る男はニコニコと笑う。人懐っこい笑みと、軽く体を突かれただけでもこちらが吹っ飛びそうな、山のような筋肉。そのギャップに、周囲の客も目を引かれている。
橋本大策(仮名)、24歳。新興団体のマットで、将来のチャンピオンを目指し、汗を流しているゲイのプロレスラーだ。
大学時代はアメフトに打ち込んでいた。たくましい肉体は、当時のトレーニングが礎だ。
「大学時代にWWE[註:アメリカの人気プロレス団体]の試合をたまたまテレビで見て。エンターテインメント性があってスゲェな、カッコいいなと衝撃を受けたんです。その後も見続けているうちに、自分でもやりたくなったんですよ」
大学はアメフトが強いことよりも試合に出られること、教員免許が取得しやすいことを基準に選んだ、堅実な一面がある大策。しかし、日に日に膨らんでいくプロレスへの憧れは、そんな性格を一蹴。卒業にあたりプロレスラーの道を選んだ。
「もともとトレーニングが大好きで、やればやるほどたくましくなっていく自分の筋肉、体が喜びでした。でも、コーチからは『フィジカルだけではダメ、技術も必要』と注意されて。それで、プロレスならトレーニングをすればするほどホメられるんじゃないか、ホメられ続けるってサイコーじゃないか、もうプロレスラーになるしかないって感じで、はい」
大策の話に冗談の色はゼロだ。真顔で極端なことを話す大策は、もともとプロレスラー向きの個性の持ち主だったのか、それともプロレスラーとしての自覚がそうさせるのか。
ともあれ、厳しいマットの世界で生きることを決めた大策。フィジカルだけは入門時点でプロでも十分やっていけるレベル。早くもその年にはデビューを決める。
「ただ、デビューが早かったからこそ、プロレスの難しさも人一倍、感じました。受け身ひとつとっても奥が深い」
早いデビューとは裏腹に、そこからは一進一退。壁を乗り越えるために練習に励んだ。
ゲイに目覚めたのは、ちょうどその頃だった。
体育会では感じなかったトキメキを二丁目で知った
「団体のスタッフにゲイの方がいるんですけど、僕がトレーニング好きだから、その人のパーソナルトレーナー的なことをしていたんです。そしたら、ある日、練習後に『(新宿)二丁目に行かない?』と言われて」
誘われるがままにお店に行ったら、いわゆる“ガチムチ”タイプのゲイの肉体に目を奪われた。
「その肉体に憧れみたいなものを感じました。二丁目に通うようになるきっかけでしたね」
そして、運命の出会い。
「ある店で、女性っぽい男性っていうのかな? 細身の中性的なゲイの人にドキッとしちゃったんです。今まで感じたことがないようなトキメキ」
高校は男子校。大学も一般の学生とは隔離されたようなアメフト一筋の生活。今いるプロレスの世界も入門からしばらくは練習漬けの日々。ゲイに目覚める前、何人かの女性と付き合ってはいたが、10代の頃から“男”と“体育会”の世界にどっぷり浸かって生きてきた。
「周囲はいかつい男ばかりで、ホストみたいな男子とちゃんと会ったことがなかったんですね」
今まで味わったことがないような気持ち。それが抑えられない。気がついたらゲイの出会い系アプリに登録していた。
「ノリってわけじゃないんですけど、自分は一体どっちなんだろう、と気になってきて。そしたら、やっぱり自分は男の体も……シモも好きだわーと思ってしまいました」
当然、アプリを眺めているだけでは満足できなくなる。自らアプローチをして、実際に何人もの男と会うようになった。
「そこからは、もう女性には興味がなくなりました」
あまりにも早いスピード。ただ、今思えば大学時代も“兆候”はあったという。
「チームメイトと軽い気持ちで、いわゆるニューハーフの出会い系に登録して、一緒に遊んだことがあるんです。その中にいい雰囲気になった人がいて、そのまま……しちゃったんですよ」
それまで付き合ってきた女性とは、普通にセックスをしていた。それと同じような感覚でベッドを共にしたら「できちゃった」のだという。
「あー、ニューハーフの人って、ちゃんとついているんだなー、なんて妙に冷静で。舐められるのも普通に気持ちいいし。その後、当時の彼女とセックスもしたんですけど、なんかしっくりこなくて、ニューハーフの人のほうが気持ちよかった。『もともと男だから男の心をよくわかっているのかな』なんて思っていましたね」
人によっては「できちゃった」ことに驚きや悩みを感じてしまいそうな話だが、結果的に大策がゲイであったことを考えれば、理解はできる話である。それにしても、当時は「男性にときめくなんて発想自体がなかった」と話すような状況。大策の大らかさというか、ある意味で、性に対する生来のフラットさを感じるエピソードである。
そんな“助走”もあってか、大策はゲイである自分をすんなりと受け入れた。