【神保哲生×宮台真司×大島堅一】あらかじめ決まっていた汚染水海洋放出という選択

――ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地

[今月のゲスト]
大島堅一[龍谷大学政策学部教授]

――福島第一原発に放射性物質を含む汚染水が蓄積され続けている問題で、菅政権は4月13日、東京電力がこれを福島県沖の太平洋に放出する計画を承認した。だが、原発のコストなどを研究してきた龍谷大学の大島堅一教授は、非常に不適切だと看破する。そもそも汚染水問題とは何なのか、ほかの選択肢も十分に検討されたのか、社会的合意を含めて見ていきたい。

『原発はやっぱり割に合わない―国民から見た本当のコスト』(東洋経済新報社)

神保 今回は緊急で福島第一原子力発電所の汚染水問題を扱います。というのも、政府が汚染水の海洋放出を決定したからです。その決定自体も問題ですが、その決め方があまりにもひどかった。事故から10年がたち、いよいよ原発問題が風化しているような印象も受けるので、やはりこれはきちんと見ておかなければならないだろうと考えました。

宮台 委員会の構成メンバーは役人が決めるので、事実上、利害相反がある人間がたくさんいる。最初から結論が決まっており、できるだけ国民に福島を思い出してほしくない、という意図が見え見えです。

神保 まずはそもそも海洋放出のどこに問題があるのかを整理したいと思います。ゲストは龍谷大学政策学部教授の大島堅一さんです。大島さんは原発事故の直後、経済学者として原発のコストを細かく計算され、それまで普通に通っていた「原発が安い」という主張が嘘であることを明確に指摘されました。

宮台 若い人にはわからないかもしれませんが、原発に関しては3つの神話がありました。ひとつは絶対安全神話で、これはパーフェクトにデタラメだった。また原発が安いという神話も、大島先生の活躍などで100%デタラメだということがわかりました。そして、100%再処理神話も完全な誤りであることがわかり、すべてデタラメの神話により、原発の正当性が支えられていたんです。そのことを国民はチェックしてこなかったという、お粗末極まりない経緯でした。

神保 にもかかわらず、日本ではいまだにその原発をベースロード電源として、全エネルギーの22%を占めることが前提としたエネルギー政策が進められています。

 ちなみに汚染水という言い方をすると、「東電が海に流そうとしているのはALPS処理水であって汚染水ではない」と言ってこの呼び方を批判する人がいますが、実際は後で議論するように、トリチウムが取り除かれていない「処理水」は十分に汚染水です。なぜならば、トリチウムが人体に悪影響を及ぼすことを示すデータがあるからです。日常的に原発からトリチウムが海洋放出されているからといって、それだけでトリチウムが安全ということではないとはっきりさせておく必要があると思います。しかもあの水にはトリチウム以外もさまざまな放射性物質が残留していることが指摘されているので、もう十分に「汚染水」です。政府や東電が世論を誘導するために使っている「処理水」などという「きれい事」に騙されてはなりません。大島先生は海洋放出という決定を、総論的にどう受け止めていますか。

大島 私自身は、ALPS処理水の海洋放出のことを非常に不適切なことだ思っています。

神保 ではその理由を見ていきましょう。汚染水は破壊された原発の核燃料を冷却するために使用されており、その水を循環させる過程で地下水などが流れ込むため、1日あたり平均して140トン、余剰の水が発生します。これが問題の汚染水です。それは大島さんがおっしゃったALPS(Advanced Liquid Processing System=多核種除去設備)と呼ばれる装置などによって放射性物質が取り除かれるとされています。日立GEが設置したALPSは63種類の放射性物質をフィルターで濾すことができるとされていますが、どうしても取れないものがひとつあり、それがトリチウムと呼ばれる水素の同位体です。これは三重水素とも呼ばれるもので、β(ベータ)線を放出する放射性物質です。β線はセシウムなどが放出するγ(ガンマ)線に比べれば弱い放射線ですが、これが体内に入ればその間は体内被曝が続くことになります。また、トリチウムはβ線を放出しながら減衰し、約12年で放射線量は半減しますが、問題はその過程でヘリウムに化けることです。

 トリチウムは事故が起きていない原発でも、原子炉を冷却する際に一定量発生しており、普段はそれを海に流しています。その際のトリチウムの濃度はICRP(国際放射線防護委員会)の安全基準を満たしているから大丈夫だということになっていますが、世界の物理生物学者の中には原発推進国が主導権を握るICRPの安全基準は、トリチウムが人間の体内で有機結合した場合の影響を明らかに過小評価しているとして、これを批判する人もいます。

宮台 原発を稼働し続けることができる決定をする。

神保 ICRP勧告というものがあるのですが、水にかんして言うと、原発から出た水を70年間2リットルずつ飲み続けても、年の平均線量が1ミリシーベルト未満に、ということになっています。そこから逆算すると、日本では、排出する水はリットルあたり6万ベクレル以下にするというのが基準になり、その程度の規制であれば原発を通常に運転していく分には差し支えがないとされています。今回の海洋放出の決定も、「実際に放出する時は、その基準以下に薄めれば問題ない」というのが、政府の決定の根拠になっています。ただ、そもそもなぜ海洋放出をしなければならないのかというと、経産省の廃炉・汚染水・処理水対策チーム事務局は、「大量のタンクが風評被害の一因」「廃炉を計画的に進めるため」「燃料デブリの取り出しに必要なスペース確保のため」「タンクの老朽化、災害リスク」などを理由に挙げています。あそこに汚染水を貯蔵するタンクがあることが福島に対する風評被害を生んでいて、タンクが増え続けると廃炉作業を進める上で邪魔になるから、というんです。

宮台 実際の計画はほとんど進んでいないので、これも笑えます。

神保 この理由については、大島先生から解説をお願いできますか。

大島 まず「風評被害」というのはもちろんあってはいけないし、漁業者やそれにかかわる皆さんががんばっている理由でもありますが、福島原発事故の被害は風評被害だけではなく、もっと大きなものです。そして、その被害をもたらしたのは東京電力と国です。そもそもの被害と加害の構造をまったく考えず、被害の一部の風評被害だけを取り出して論じるというのは問題です。そもそも「加害者のお前らが言うことなのか」といえます。トリチウム水というものが海に流れて何が起きるのか。福島県でも7割の自治体が反対ないし慎重な検討を求め、不安を感じている中で、心配する声自体を封殺するために「風評被害」という言葉を持ち出しているのであれば、大変問題だと考えます。

汚染水海洋放出をめぐる5つの問題点

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