萱野稔人と巡る【超・人間学】――ソロ社会化とコミュニティの変化(後編)

――人間はどこから来たのか 人間は何者か 人間はどこに行くのか――。最先端の知見を有する学識者と“人間”について語り合う。

(写真/西村 満)

今月のゲスト
荒川和久[独身研究家]

前回に引き続き、独身研究家・荒川和久氏とソロ社会化について語る。旧来のコミュニティから離れ、ソロで生きていく人々が社会にもたらす変化とは。

萱野 前回は日本社会が皆婚社会からソロ社会化していく流れについてお話をおうかがいしました。その流れを推し進めた大きな要因には、お見合いや職場婚という、相手をお膳立てする“社会的結婚システム”がなくなったことがあります。これによって人々は「結婚は当然するべきだ」という規範やプレッシャーから解放されるとともに、恋愛と結婚をめぐる自由競争に投げ込まれました。この自由競争社会は確かに皆婚社会より自由な社会ではありますが、同時に恋愛や結婚を求める人にとっては、ある意味で過酷な社会でもあると言えるかもしれません。

荒川 自由恋愛市場であれば恋愛格差はどうしても生じます。前回、恋愛スキルの高い“恋愛強者”は常に約3割しかいないという話をしましたが、そうした恋愛強者の“時間差一夫多妻制”ともいうべき現象も起きているんです。近年は離婚率も上昇する傾向にありますが、離婚した男性恋愛強者が初婚女性と再婚するパターンが非常に多く見られます。ひとりの恋愛強者が複数の初婚女性と時間差で結婚をする一方で、恋愛弱者の未婚男性が生涯未婚になりやすくなるわけです。ネットではこうした状況を嘆いて「非モテ男性には国が女性をあてがえ」なんて暴論も出てきました。

萱野 人工知能を活用して相性の良い相手をマッチングする“AI婚活”を政府が支援するという報道も話題になりましたね。ネットでは「あなたには該当する相手がいません」なんて結果が出たらどうするんだと自虐する人も少なくありませんでした。

荒川 AI婚活については、若い世代の男女が好意的な反応をしていることが意外でした。

萱野 現在の自由恋愛市場において自力で相手を見つけるためには、やはり時間と労力がかかりますからね。いい相手にめぐり合うためには自分を磨く必要もあるし、そもそもうまくいかなかったときのことを考えると精神的な負担も大きい。相手を傷つけたり自分が傷つくことにとても慎重な若い人たちは、そうした精神的な負担をAIが軽減してくれると期待しているのかもしれません。

荒川 確かに恋愛強者は「AIが適当にやってくれるならいいか」と受け身にならずに、能動的に選択をして、行動ができる人たちなんですよ。逆に恋愛弱者は、自分からなにかを選択することすら面倒くさがってしまい、常に受け身で自ら行動を起こせないんです。

萱野 そういった恋愛弱者的な傾向を持つ人たちは、やはり自由恋愛市場ではなかなか恋愛や結婚ができず、恋愛強者との格差はどんどん広がっていくことになりますね。

荒川 ただ、結婚をしないから不幸で孤独なのかといえば、決してそんなことはありません。結婚しない人が増えていくのはもはや自然な流れですし、もともと結婚意思がなくて能動的にソロとして生きることを選択している人も多い。そういう人は「自分はぜんぜんモテないから」なんて自虐っぽいことを言いながらも、ちゃんと幸せに生きている。それはそれで「結婚をして子供を生み育てることだけが幸せではない」という発見なわけですし、肯定されるべき生き方だと思うんですよ。

萱野 その点は端的に生き方や価値観の多様性を尊重する必要がありますよね。さらに今では社会保障制度も整ってきたことで、かつてのように家族に頼らなくても生きていけるようになりましたし、生活環境的にもソロで不都合を感じることはほとんどなくなってきました。

荒川 消費市場が変わってきています。皆婚の時代が終わって標準世帯が減少していく一方で、単身世帯が全体の約4割を占めるほど増加しました。そうした世帯類型の変化に応じて、消費行動の中心が高度経済成長期の“主婦”からソロになっていき、市場が大きく変化したんです。もっとも顕著な例がコンビニで、現在では商品のほとんどすべてが個食対応になっていて、ひとり用のクリスマスケーキやおせち料理もあるぐらいです。世帯類型別推移とコンビニ売上推移を調べてみると、単身世帯の増加とコンビニ売上高の上昇はほぼ正の相関になっているんですね。コンビニだけではなく、ひとりで気兼ねなく入ることができる外食チェーンも増えましたし、その他の多くの市場もソロをターゲットにするようになっています。消費市場が変わるということは、社会のあり方が変わるということですから、これは社会構造の大変化と言ってもいいと思います。

萱野 まさに現在はソロ化によって日本社会そのものが変容しているただ中にあるんですね。

荒川 2019年にイギリス公共放送BBCからそういった日本人のソロ文化について取材を受けたんです。彼らが特に興味を持ったのは“ソロ飯”、つまり日本人の多くがひとりで外食を楽しんでいることでした。

萱野 イギリスは政府の中に“孤独担当大臣”というポストを新設して、孤独問題を解決すべき重要な社会的課題だと位置づけています。そんなイギリスの人たちにとって日本のソロ文化はどのように映ったのでしょうか。

荒川 取材を受けたときは孤独な食事を批判的に取り上げるのかと思っていたのですが、実際には“The rise of Japan's 'super solo' culture”というタイトルで、好意的な内容になっていました。取材のときにはラーメン店の「一蘭」の話にもなったんです。一蘭ではひとりずつ仕切られた「味集中カウンター」がありますよね。あのカウンターで店員とも顔を合わせることなく、客全員が無言でひとりでラーメンを食べている姿を見て、「これはもう“ラーメン道”とでもいうべきものではないか」と。要するに茶道と同じような日本独自の文化のひとつになっているというわけです。そして、食後にInstagramなどのSNSに投稿してユーザー同士で「いいね!」を押したり、コメントをつけたりして交流していることを含めて「ひとりで食事をしていても孤独ではない」と。放映後はイギリス人から「日本人のようにひとりで食事を楽しみたい」という反響も多かったそうです。

萱野 日本のソロ飯文化に未来が先取りされた姿を見出したのかもしれませんね。コロナ禍のもと、大人数での会食が感染の危険性を高めるという指摘もされていますから、今後ソロ飯文化が世界的にも注目されるなんてこともあるかもしれませんね。

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