――悪そうでイカつい男たちが絆を確かめ合いながら、「ビッチ」「プッシー」「ファック」とラップする――。ヒップホップにそんな印象を抱く読者もいるだろうが、この音楽文化を享受している女性リスナーも多い。では、彼女たちは男性ラッパーのどんな点に萌えたり、キュンとしたり、色気を感じたりしているのか?
(絵/宮 太智)
ラップ・ミュージックにおける表現は、しばしばミソジニー(女性蔑視)やマチズモ(男性優位主義)、ホモソーシャル(男同士の絆)、ホモフォビア(同性愛嫌悪)が顕著であると指摘される。ルーツがストリートギャングによるスキルの競い合いにあるためなのだが、2010年代に入り変化が起きてきた。12年、バラク・オバマ大統領(当時)が「同性婚を支持する」と発言すると、ジェイ・Zや50セント、T.I.といった大物ラッパーが賛同を表明し、話題となった。
川崎市川崎区出身のヒップホップ・グループ、BAD HOPを中心に取材したベストセラー『ルポ 川崎』(小社刊)の著者であるライターの磯部涼氏は、次のように語る。
「もともとローカルなコミュニティの中で育まれていたアメリカのラップ・ミュージックは、巨大なエンターテインメントとして拡大していきました。その過程で、ジェイ・Zのようなベテラン・ラッパーたちもギャングスタからセレブリティという位置づけになり、ポリティカル・コレクトネスに対応せざるを得なくなった。同時に若い世代では表現に多様性が生まれ、失恋でメソメソしたり、自殺をほのめかしたりするような、それまでシーンでタブーとされていた内省的なリリックが特徴のエモ・ラップと呼ばれるスタイルも2010年代には出てきました」
しかしながら、「日本のヒップホップ界は、まだまだローカルな不良コミュニティから脱しきれていない」と磯部氏は指摘する。
「アメリカの流れを意識しているラッパーもいる一方で、20年に配信されたフリースタイルバトル番組『フリースタイルMonstersWar2020 令和までお待たせしすぎたかもしれませんSP』(ABEMA)で、審査員として出演していたKダブシャインが女性審査員相手にセクハラ行為をして騒動になったりと、ポリティカル・コレクトネスはあまり板についていない印象があります」(磯部氏)
ただ、そういったジェンダー/セクシュアリティ観が根強い音楽でありながら、実際にはヒップホップを熱心に聴き、男性ラッパーに魅了されている女性リスナーも多い。
「BAD HOPはイケメンで、メンバーそれぞれキャラが立っているので、アイドル的に消費されている部分もあるでしょう。また、大麻のことをあからさまに歌う舐達麻は、そのキャラがYouTubeやSNSでウケていますが、今はオタク的なものとヤンキー的なものが境界なく消費される時代なので、そこにうまくハマった感があります。あるいは、元ホストの釈迦坊主やヴィジュアル系バンドのようなルックスの(sic)boyの場合、以前ライブでバンギャやオタクを思わせる女性たちから『キャー』と歓声が上がるのを聞き、従来のヒップホップの客層とは違う層が来始めたことがわかった。さらには、ラッパーのマチズモやホモソーシャリティをBL的に消費する目線も出てきました」(同)
閉じたカルチャーのはずが、ネットによってそれを享受する層はどんどんと多様化し、時に批判され、時に“ネタ”として消費されているという現象が起きているのだ。
では、実際に女性リスナーはどのようにヒップホップを聴き、男性ラッパー=ラップ男子のどのような部分に惹かれているのだろうか――。次のような女子たちが、10年代以降に頭角を現した日本のラッパーを挙げながら語り合った。
A リスナー歴20年、アパレルデザイナー
B リスナー歴4年、大学3年生
C リスナー歴10年、レコード会社社員
D リスナー歴7年、商社一般職
A ラッパーの男って、ほかの芸術と比べて一番カッコいいと思う。なぜなら、その人の人生をそのまま言葉に変えるから。そこまでならポエムと一緒だけど、それをさらに人前で歌う。こそこそ曲を書いてネットに上げるのとは違う。人前で「俺の人生や考え方はこうですけど、何か?」みたいに言う感じがまずないとダメ。しかも、それが音楽としてクオリティが高くないといけない。
B ラップは自分の言葉、ドキュメンタリーだもんね。すらすらリリックが出てくるのは、それだけ人生や考え方が魅力的だってことだし、しっかり自分と向き合っているということ。そこにグッとくる。語れる言葉を持っている人が評価されるジャンルだと思う。
A 一方で男性アイドルは大手事務所から給料をもらって、他人に書いてもらった曲を歌ってるから、ほとんど人形。どんなにイケメンでも、男の魅力ゼロだね。ラッパーは、自分の人生をさらけ出して歌うという仕事を選んでる時点でめっちゃカッコいい。
C アイドルと違ってクラブに行ったら普通にフロアにいて、ナンパしてきたりハグしてくれたりサービスもいいし。
D その上、男前だったら最高!
C うん。なんだかんだ顔も大事(笑)。
B ただ、単なるイケメンというより“華”がある人がいいよね。中には華やいでる感をヘンに演出するラッパーもいるけど、そういうのはどこかで自信のなさが表れるから、「これ、フェイクじゃない?」ってすぐバレちゃう。そういう意味では、ラッパーはメッキが剥がれやすい。そこがよくて、本物と嘘の見分がつきやすい。