“ドラッグ”は人類の旧き友――鎮痛効果、嗜好品、そして戦争へ。医薬の鬼子“ドラッグ”1万年史

――有史以前からその存在が確認され、使用されていたという「ドラッグ」。ときに鎮痛効果をもたらし、ときに嗜好品として愛でられ、そして戦争をも巻き起こした“人類の旧き友”に、なぜ我々は翻弄されるのだろうか。そんなドラッグと人類の1万年史に、気鋭のサイエンスライターが迫る――。

『世界史を変えた薬』(講談社)

 日本で「ドラッグ」といえば、多くの場合、精神に対して作用を及ぼす、乱用薬物を指す言葉として用いられる。だが英語でいう「drug」は、いわゆる麻薬や幻覚剤から、医療の現場で用いられる正規の医薬までを広くカバーする単語だ。実際、乱用薬物と医薬品との間には、はっきりした境界線が引けるものではない。モルヒネや大麻が医療目的に使われることもあるし、医薬として開発された化合物が違法に取り引きされて乱用されるケースもある。人間の精神に強く作用する物質は、使い方次第で疾患の治療もできるし、肉体と心を蝕むドラッグともなり得るのだ。「毒と薬は紙一重」とよく言われるが、実際には両者は紙一重の差ではなく、重なり合って存在している。

 さて、先月号及び今月号に掲載された萱野稔人氏との対談で、筆者は「医薬は人類にとって最も古くから身近にあったアイテムであった」と述べた。ということは、いわゆる「ドラッグ」も、おそらくは有史以前から用いられてきたと考えてよいだろう。

 人類が最初に用いたドラッグは何だったのだろうか。ドラッグの定義にもよるが、その候補に挙げられるのはモルヒネだ。ある種のケシは、花が咲いた後に鶏卵大の「ケシボウズ」と呼ばれる実をつける。この未熟なケシの実に傷をつけると、白い乳液が滴り落ちてくる。これを集めて乾燥させ、固めたものが、いわゆるアヘンだ。アヘンは10%前後の有効成分(モルヒネなどのアルカロイド類)を含んでおり、精製などの面倒な操作を経ずとも十分な効果がある。このため、文明の発生以前から、その効能が知られていた可能性が高い。

 実際、約5000~6000年前のスイスの遺跡からは、栽培用のケシの種子が発見されている。食用や鑑賞用であったとは考えにくく、医薬または嗜好品として栽培されていたのだろう。また、古代ギリシアの長編叙事詩『オデュッセイア』(紀元前7世紀ごろ)には、「すべての悲しみを忘れさせる薬」というものが登場し、それを服用した者は兄弟や子どもが目の前で殺されても、1日の間は涙をこぼすことがないとされている。この薬は、アヘンを指していると見て間違いない。その後のローマ時代には、「哲人皇帝」として知られるマルクス・アウレリウス・アントニヌスも、アヘンの嗜癖を持っていたとの説がある。少なくとも古代から、モルヒネが人類を虜にしていたことは間違いないだろう。

 一方、大麻もまた人類とは極めて古い付き合いだ。中国では約6000年前(一説には8000年前)から、大麻が栽培されていたという。大麻は成長が速く、麻の繊維や食用油が採れるし、種も食用になる有用な植物だから、早くから栽培されていたのも当然だろう。そして、その薬理作用も古くから気づかれていた。インドのアーユルヴェーダにも記述があるし、後漢時代に成立した「神農本草経」にも、鎮痛剤としての利用法が収録されている。

 コカインもまた、モルヒネや大麻に劣らぬ長い歴史を持つ。コカインは、南米原産の植物である「コカ」の葉から得られ、その葉を噛む習慣は約4000年前にまでさかのぼれるといわれる。アンデスの高地では高山病が起こりやすく、その頭痛を和らげるコカは広く用いられた。疲労感や空腹感、恐怖心の軽減などの作用もあるため、兵士や過酷な労働に携わる者たちにも常用されたようだ。特にスペインによるアステカ征服以降、銀山で働く労働者のため、コカの葉が大量に各地から運び込まれたことが記録されている。

歴史を揺るがしたドラッグ

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