ストーリーを作り上げる新聞社――ケガも熱中症も“いい話”に美談が隠す甲子園の諸問題

――今も国民的な人気を誇る一方、夏の酷暑下での連戦や、エース投手が連投・多投を強いられる状況が問題視され続けている春・夏の甲子園。そうした状況下で、ケガや体調不良まで美談的に報じられることは“感動ポルノ”ともいわれている。美談で彩られた大会の裏に潜む問題点を、有識者の声をもとに探っていく。

『甲子園という病』(新潮新書)

“青春の祭典”や“日本の夏の風物詩”といわれる全国高等学校野球選手権大会(以下、夏の甲子園)。今年は春の選抜高等学校野球大会(以下、センバツ)ともども新型コロナウイルスの影響で中止となったが、大会を運営する日本高等学校野球連盟(以下、高野連)はギリギリまで開催を模索。その姿勢は批判も集めたが、「甲子園だけは開催を」というファンの声が根強くあったのも事実だ。

 だが、近年の甲子園は問題が山積だ。運動が中止されるべき酷暑下で連戦を強いられ、中1~2日で連投する投手も多い状況は、“児童虐待”とさえも指摘されている。そして大会を主催するのが新聞社(春は毎日新聞、夏は朝日新聞)で、「大手マスコミがブラック労働の生みの親」

「球児の汗をビジネスに」といった批判的な報道も目立ってきた。

 本稿では、そうした甲子園の現状の問題を、甲子園報道に見られがちな「美談」との関係から探っていく。

 そもそも甲子園の報道に美談が目立つのはなぜなのか。野球界の問題を幅広く取材し、甲子園は2003年から観戦・取材を続け、『甲子園という病』(新潮新書)という著書もあるスポーツジャーナリストの氏原英明氏に話を聞いた。

「やはり、監視をする側に立つべきメディアが主催者側に回っていることが大きな問題だと思います。朝日新聞や毎日新聞は、主催している大会について否定的なことを書けないし、問題が見えても目を背けることになりますから」(氏原氏)

 その象徴的な事例が、13年春の甲子園に済美高校(愛媛県)から出場した安樂智大(現・楽天)についての報道だという。

「彼がセンバツの2回戦で232球を投げたとき、朝日新聞は『投手生命と勝利 大切なのは』というコラムで投球数の多さに疑問を呈しました。一方で夏の甲子園で同じような投手が出てきても、朝日新聞はそうした記事は出さないんです」(氏原氏)

 なお19年の夏の甲子園の収支報告を見ると、大会で生じた利益は2億1491万459円。その全額は各種助成金などに使われているが、47都道府県の高校球児が出場する“純真でクリーンな大会”を主催し、自ら報じることは、いろいろな意味で朝日新聞の大きなメリットになっているだろう。

「朝日新聞にとって甲子園は、いわば新聞を売るための広告戦略のイベントともいえる。悪いことは書きたくないし、書けないでしょうが、主催者として甲子園の現状に問題意識は持つべきだと感じます」(氏原氏)

 また氏原氏は「他の新聞社の報道姿勢にも問題がある」と話す。

「大会主催者ではない読売新聞や産経新聞に甲子園に批判的な記事が多いかというと、決してそうではない。そうした新聞社も、地方大会~甲子園までを報道で盛り上げることで、部数を伸ばしたり地域とのつながりを深めたりできますから。また多くの新聞社では、甲子園の取材は『記者の登竜門』。若手の記者が担当になり、数年で担当が替わることも多いので、深い問題意識を持った記事は出てきづらいんです」(氏原氏)

 甲子園取材に関わった経験もある大手新聞社の記者も次のように語る。

「取材は夏の大会だと連日朝6時半から始まり、そこから12時間以上の拘束が2週間以上続く。新聞社としては、『若手じゃないと体力的に務まらない』というのが起用理由のひとつです。また若手記者にとっても、褒める記事はまとめやすいし、社内外から批判も受けにくい。そのため美談的な記事が目立ってしまうのでしょう」(大手新聞社記者)

 そして氏原氏のように長年甲子園を取材しているジャーナリストの中にも、甲子園の現状に疑問を呈する書き手は多くないという。

「以前に高校野球のピッチャーの登板過多の問題を書こうとしたとき、出版社の編集者から『そんなことに時間使うならスーパースターを追いかけろ』と言われたこともあります。フリーの記者がそうした問題を追及しても状況は変わらないし、みんな途中であきらめてしまう……ということを甲子園を報じるメディアの人たちは知っているわけです」(氏原氏)

 前出の記者もこう続ける。

「結局のところ、春夏の甲子園は存在が大きすぎて、メディアも学校もそこに頼ることで成り立っている側面がある。だから批判記事を書きづらいわけです。また批判記事を書けば都道府県の高野連幹部からも嫌みを言われるので、それを避けるメディア関係者は多いです」

熱中症の死亡事故も美談的に報じられる

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