(取材・文/須藤輝)
YouTube上の映画『ノーマ東京 世界一のレストランが日本にやって来た』予告編より。
“昆虫食”というと、日本ではゲテモノ食いの類いか、あるいは長野県などで食べられているイナゴの佃煮や蜂の子のような地方の伝統食というイメージが根強いのではないか。しかし近年、将来の食糧危機が懸念される中、環境への負荷が少なく栄養価も高い昆虫は有望な食材として世界的に注目を集めている。
また、イギリスのウイリアム・リード・メディアが主催する「世界のベストレントラン50」で2010年から4度も第1位に選出されたデンマーク・コペンハーゲンのレストラン〈noma(ノーマ)〉も、生きたエビの背中にアリをまぶした料理で高い評価を得ている。あるいは日本でも、20年5月に無印良品が「コオロギせんべい」を販売したことは記憶に新しい。
無印良品の「コオロギせんべい」
ここでは、とりわけガストロノミー(文化と料理の関係を考察し、おいしさを作り出す技術を理論で裏付けること。「美食学」などと訳される)と虫の関係を探っていきたいが、その前に昆虫食全般をめぐる現状をもう少し整理しておこう。
NPO法人食用昆虫科学研究会の理事長で、ネット上では「蟲喰ロトワ(むしくろとわ)」の名で活動する佐伯真二郎氏は、こう話す。
「私は08年から昆虫食の研究を始め、11年から食用昆虫科学研究会に合流、14年にNPO法人化しました。当時から、昆虫には食用にするに足る栄養があることは研究者の間では疑いがなかったのですが、やはり昆虫そのものへの嫌悪感や偏見もあり、昆虫食の研究というのは机上の空論であると切って捨てられることも珍しくありませんでした」
それが、ある報告書をきっかけに潮目が変わったという。
「13年に国際連合食糧農業機関(FAO)が発表した報告書が、来るべき世界的な人口増加と食糧問題を見据え、昆虫食を推奨するものだったんです。この報告書をまとめたオランダの研究者は10年にも、豚や牛は腸内で消化物が発酵するため温室効果ガスを出してしまうが、コオロギやミールワームといった昆虫はそうではないという趣旨の論文を発表しており、環境問題に敏感な一部の先進国は昆虫食に注目していました。FAOの報告書はその流れを加速させたといえます。具体的には、例えば牛肉を1キログラム生産するには8キログラムの飼料が必要だけれど、コオロギであれば2キログラムの飼料で済む上に繁殖も容易で可食部も多く、より効率的・経済的であるなど、さまざまな利点が挙げられていたのです」(佐伯氏)
結果、アメリカとヨーロッパ諸国を中心に昆虫食が見直され始めたのだ。
「特に動きが早かったのはアメリカで、ベンチャー企業がコオロギ養殖の資金調達に成功しています。それに少し遅れる形でEUでも15年から昆虫養殖の審査が始まり、18年には無事に認可され、今や食用昆虫はオーガニックフードと同じ棚に陳列されています。殺虫剤を撒かれると死んでしまう昆虫をオーガニックで育てることは、そう難しくないんです」(同)