[特別対談]石戸諭×辻田真佐憲――つくる会から百田尚樹へ。愛国・保守本市場の変遷

――毎年のように「日本すごい本」や「嫌韓・嫌中本」がベストセラーとなり、右傾化が懸念される日本社会だが、この流れはいつから始まったのだろうか? また、これらの本の作者は今と昔では大きく変貌しているが、果たしてここにつながりや分断はあるのだろうか? 新進気鋭の若手論客の2人に語り合ってもらった。

(写真/渡部幸和)

 2018年末に百田尚樹氏の『日本国紀』【1】がベストセラーになったように、「愛国・保守」を打ち出した書籍の出版が目立っている。「愛国ビジネス」とも称されている、この手の書籍が出版業界において大きなマーケットとなっているのは、書店の店頭に棚積みされているのを見れば容易にわかることだが、他方でこの市場が拡大したのは90年代後半になってから。この頃、「新しい歴史教科書をつくる会」(以下、つくる会)の参加者である西尾幹二氏、藤岡信勝氏、小林よしのり氏らが相次いで著作を世に送り出し、それぞれベストセラーとなったが、それ以前には右派的な書籍でめぼしいヒット作は存在していなかった。

 それでは、「愛国・保守本」はどのようにしてひとつのジャンルとして定着したのか? 昨年話題となった「ニューズウィーク日本版」(CCCメディアハウス)の特集「百田尚樹現象」を、大幅に加筆した『ルポ 百田尚樹現象――愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)を刊行したノンフィクションライター・石戸諭氏と、『教養としての歴史問題』(東洋経済新報社)の著者のひとりでもある近現代史研究家・辻田真佐憲氏の2人に語り合ってもらった。

――今回は戦後75年ということで、「愛国・保守本マーケットの変遷」について話し合っていただきたいのですが、その前に7月5日に行われた都知事選に関して。今回の選挙では小池百合子氏が大差で再選した一方、元在特会会長の桜井誠氏が18万票を獲得しました。結果改めて日本の右傾化が取り沙汰されていますが、この現状をお2人はどう思われますか?

辻田真佐憲(以下、辻田) もはや彼は単なる泡沫候補ではなく、今後も活動していくだけの基盤を持ってしまったということでしょう。しかも、彼は国際的な右派ネットワークの中にもいて、確固たる地位を築きつつあります。最近、アメリカ研究者・渡辺靖氏の『白人ナショナリズム――アメリカを揺るがす「文化的反動」』(中央公論新社)を読んだのですが、この本では自国のことしか考えていないように見えるナショナリストたちが、実は国際的な連携をしていることが指摘されています。そして、「ロシアのアレクサンドル・ドゥーギンが、アメリカの白人至上主義に影響を与えたりしている」などの事例が紹介される一方、桜井氏の名前も出てくるんです。白人ナショナリストは「単一民族国家」日本が好きなのですが(もちろん実際は違います)、そこで桜井氏を集会に招いたりしているそうで……。つまり、桜井氏は日本における民族主義者の代表的な存在になりつつあるわけです。

石戸諭(以下、石戸) ナショナリストたちは「国境を閉ざせ」と主張する反面、グローバルな思考を持っていて、他国の事例とお互いの方法をよく勉強しています。結果として、彼らは「どのように話せば、人々の心に響くのか」という手法を丁寧に理解している。その最たるものがマスコミ批判でしょう。

辻田 被害者意識を利用するのもその手法のひとつですよね。マジョリティであるにもかかわらず、「自分たちは迫害されている」と考える白人男性の言説は、そのわかりやすい例と言えます。

石戸 現代の日本の右派言説、右派本マーケットについて考える際に大事なのは、「その源流はどこにあるのか?」ということだと思います。そして、僕はその源流を「つくる会」にあると考えています。というのも、それ以前にも教科書運動はあったものの、すべて失敗してきたからです。例えば、今の日本会議系が行ってきた80年代の教科書運動では、時の首相でナショナリストである中曽根康弘ですら振り向かせられなかった。

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