――“韓国ノワール”というジャンル自体は、むろんこの数年で急に生まれたわけではない。だが、明確に盛り上がり始めたターニングポイントは存在する。なぜこのジャンルは豊かになっていったのか。アジアのポップカルチャーに詳しいライター・西森路代氏が俳優たちの「顔」という観点から韓国ノワール映画の流れを読み解く――。
『韓国映画 この容赦なき人生 ~骨太コリアンムービー熱狂読本~』(鉄人社)
韓国ノワールはどこから始まったのか、一言で言うのは難しいが、少なくとも香港ノワールが先にあったのは事実だろう。香港ノワールは、ジョン・ウーの『男たちの挽歌』(86年)から始まったといって反論する人は誰もいないだろうし、その後も『ザ・ミッション 非情の掟』(99年)や『インファナル・アフェア』(02年)など、さまざまな監督により次々と名作が生まれてきた。
00年代に入り、韓国ノワールも続々と日本で観られるようになった。イ・チャンドンの『グリーンフィッシュ』(97年)や、パク・チャヌクの『JSA』(00年)など、今はそのイメージのない監督も「韓国ノワール」を作っていた。
03年の『冬のソナタ』による韓流ブーム後には、韓流スターたちが続々とノワールに参入する。チャン・ドンゴン主演の『友へ チング』(01年)やイ・ビョンホン主演の『甘い人生』(05年)などがその代表だ。ドラマ『バリでの出来事』で人気となった次世代韓流スターのチョ・インソンは『卑劣な街』(06年)で運命に翻弄されるヤクザを演じたし、キム・ギドクがプロデュースし、のちに『タクシー運転手』を監督するチャン・フンのデビュー作『映画は映画だ』(08年)も、やはり韓流スターのソ・ジソブとカン・ジファンがダブル主演を務めている。先述の香港ノワールの金字塔『男たちの挽歌』のリメイク『男たちの挽歌 A BETTER TOMORROW』(10年)は、チュ・ジンモとソン・スンホンが共演している。またウォンビンの『アジョシ』も10年に公開され、韓国では620万人を動員して韓国ノワールの代表作となった。
しかし、この頃の「韓国ノワール」は今の「韓国ノワール」とは、何かが明らかに違う。そう思って見返してみると気づくのが、かつての韓国ノワールは、いわゆる「イケメン」スターが主役であり、その相棒や情で結ばれるキャストも「イケメン」俳優であることがほとんどなのだ。がっしりしたチョウ・ユンファにいぶし銀のティ・ロン、そして繊細なレスリー・チャンという個性豊かなキャストが織りなす情の物語であった『男たちの挽歌』が、韓国版になると、ハンサム俳優ばかりが演じていることからも、はっきりとその傾向が見て取れるだろう。