――政権に近い企業への利益誘導疑惑に、“自粛警察”の暗躍。実効性より「やってる感」重視の政策で支持を広めたポピュリストたち……。コロナ禍の日本では、感染拡大とは直接関係のない部分でもさまざまな社会問題が噴出中だ。そんな現状と重なる歴史や社会危機を描いた書籍を本稿では紹介する。
『遠い鏡』(バーバラ・W・タックマン/朝日出版社/13年)
新型コロナウイルスが世界的な感染拡大を見せる中、コロナ禍の日本で噴出した社会・政治の問題には、「似たことが前にもあったような……」と感じる事例も多い。「いまだかつてない危機」という点ばかりが強調されがちだが、コロナ禍の社会の混乱を考えるうえでは、参考になる事例が歴史に多く残されている。
本稿では、そうした過去の事象が研究された「コロナ禍の今、読むとおもしろい書籍」を有識者の声をもとに紹介する。
まずは、世界史の視座に立った重厚な歴史書を国際政治学者の六辻彰二氏に選定してもらった。1冊目は、14世紀後半の欧州社会の惨状を北フランス領主の生涯と共に描いた大著『遠い鏡』【1】だ。
「14世紀の欧州は百年戦争をはじめ戦争が非常に多く、同時にペストも蔓延。社会が殺伐とする中では魔女狩りも横行しました。パンデミックの発生と同時に社会不安が拡大した点は、今のコロナ禍と近いものを感じます」(六辻氏)
医療技術も未熟だった時代に拡大したペストは、欧州の人口の3分の1が死亡するほどの甚大な被害をもたらした。
「後の時代から振り返ると、14世紀は中世の終わりの時期で、その先は近代社会に突入します。その時代転換の背景には、人力に頼った農業が人口減少で限界に達し、結果として商業が発展した……というペストの影響もあったわけです」(六辻氏)
またペストの拡大は人々の価値観も変えた。
「中世はキリスト教会の力が強く、『死後の安寧のために真面目に生きる』という価値観が主流でしたが、それが『生きていくのさえ難しい』という時代になった。そして世の中に『なぜ人はこうも簡単に死んでしまうのか』『よく生きるとは一体どういうことか』という内省へと向かう空気が生まれ、それがルネサンスの運動へとつながったことも『遠い鏡』を読むとわかります」(六辻氏)
現在の日本でも、リモートワークの推進やデジタル化の加速など、社会が前向きに変化している部分がある。疫病には良くも悪くも時代の転換を迫る力があるわけだ。
「コロナ禍の今は『良い方向か悪い方向かはわからないけど、社会が大きく変わりそうだ』という空気が多くの人に共有されていますよね。これまで人類が大規模な感染症に直面したときに、社会がどのように変わったのかを知っておくことは大切だと思います」(六辻氏)
同様にヨーロッパの歴史が描かれた本として、六辻氏は『ローマ帝国衰亡史』【2】も推薦。歴史家エドワード・ギボンが著した古典で「邦訳も全10冊を超える長さですが、PHP文庫の抄訳版でも十分に読み応えがあります」と六辻氏。
「ひとつの世界を創り、広大な面積を支配した文明が、どのように崩壊したのかを描く大著です。世界史の教科書では『ゲルマン民族の大移動で分裂・崩壊した』のようにサラッと書かれてますが、当然そんな単純な話ではない(笑)。高度に発達しきった文明の中では、さまざまな腐敗や非効率があり、貧富の差も拡大していました。そして、そのシステムにぶら下がろうとする人ばかりが増え、誰も支えきれなくなったときに、想定外の異民族の侵入や感染症の拡大もあり、文明は崩壊へ向かったわけです」(六辻氏)
疫病の拡大は文明崩壊のトリガーにもなるわけだ。昨年話題になった『暴力と不平等の人類史』【3】も疫病と社会の変化の関係を扱った大著だ。
「同書のテーマは格差。格差はいつの時代も問題視されながらも、なかなか解消されないものですが、それが予期せず埋まる要因として、同書は戦争、革命と共に疫病の存在を挙げています。疫病は人類に厄災をもたらし、社会の暗い面もあぶりだしますが、この本は疫病に社会を前進させる力もあることも指摘しています」(六辻氏)