――麻薬密売で大金を稼ぎ、敵対するギャングに殺意を示す――。ギャングスタ・ラップには、そんなことが歌われるイメージがある。しかし近年、こうした歌詞が裁判で証拠になったり、従来とは異なる裏稼業をラップする者も。音楽評論家の小林雅明氏が、今の米国におけるヒップホップと裏社会の関係を考察!
“スキャム(詐欺)・ラップ”の代表的存在とされている現在18歳のティージェイエックスシックス。(写真/Getty Images)
例えば、2010年代からトレンドとなっているトラップ[註]の類いでもいいけれど、ラップ曲を聴いて、ふと素朴な疑問を抱くことはないだろうか。ドラッグ密売稼業でボロ儲けとか、商売敵には実力行使だとか――平たく言えば、犯罪にまつわるあれこれを自分の曲で取り上げるタイプのラッパーは、どんな心理でリリックスを書いているのか、と。曲を聴く限り、ラップ稼業なんかより、“そっち”の商売を続けたほうがよほど稼げるのではと思わされるほど、“そっち”で大成功した体験を自信満々で披瀝する者もいる。中には、話を盛っている者もいるかもしれないし、細部はすべて現実の体験でありながら、それらを素材に新たな物語を描いている者もいるだろう。それらが明らかに違法行為である場合、事実とどこまで折り合いをつけてリリック化してゆくのか。そこから足がついたり、なんらかの問題が生じたりするリスクはないのか――。
そんな懸念を抱いてしまうが、まったく思いもよらぬところから、リリック化することが極めてリスキーな結果をもたらした事例がある。身に覚えのない罪で逮捕・起訴されたラッパーが、検察から自分自身が書いた楽曲のリリックス(歌詞)を証拠として法廷に提出されるという一件があったのだ。このラッパーは、米カリフォルニアを活動拠点にするドレイコ・ザ・ルーラー(Drakeo The Ruler)。綴りこそ異なるものの、自動小銃のAK-47をサイズダウンしたハンドガンの通称もドレイコ(Draco)という。つまり、自らを銃に見立てた上で、殺傷能力の高い支配者(The Ruler)だと誇示しているのだ。
すべてのきっかけとなる事件が起きたのは2016年12月。カリフォルニア州カーソンの某パーティ会場の入口で、24歳の男性1人が射殺され、ほかにも男性2人が軽傷を負った。この事件への関与が噂されたのが、ブレイク必至の新進ラッパーのひとりとして、まさに目ざといメディアから注目されていた23歳のドレイコだった。事件の翌月(17年1月)、彼の部屋に強制捜査が入り、銃の不法所持で逮捕されてしまう。自らドレイコ・ザ・ルーラーと名乗るくらいだから、銃のひとつや2つが部屋に転がっていてもおかしくない――警察がそう断定したかどうかは定かではない。この所持に関しては結局、司法取引が行われ、17年11月には釈放された。
その翌月に発表したアルバム『Cold Devil』が評判となり、アーティスト活動が軌道に乗った……かと思いきや、18年9月、依然として未解決だった16年12月の事件にかかわる殺人、殺人謀議、犯罪集団結成謀議、自動車内からの銃撃、銃火器の違法所持、2人の負傷者に対する殺人未遂といった罪でドレイコは起訴される。当局は、彼をこの事件と結びつけることをあきらめたのではなかった。
そして、裁判が始まると、検察側が証拠のひとつとして提出したのが、ドレイコの曲のリリックスだったのだ。ラップ、特にギャングスタ・ラップのリスナーなら、「殺せ」「殺す」「ヤクをさばいた」「撃ちまくった」といった犯罪描写の表現が出てきても、あまりに頻繁に出てくるため、決まり文句のようなものとして受け止める。事実や本心に基づく表現はどこかに含まれることは理解しているとはいえ、さすがに逐一、真に受けたりはしない。
註:米アトランタ発祥で、2010年代以降、世界のポップ・ミュージックに影響を与えているヒップホップのスタイル。重低音と高速のハイハットからなるビート、過激なリリックスのラップを特徴とする。