――近年、ベトナムからやって来た技能実習生の存在はしばしば話題となるが、「現代の奴隷労働」「失踪者が多発している」といった悪いイメージで騒がれがちである。『ルポ 技能実習生』(ちくま新書)を5月に出版したジャーナリストの澤田晃宏氏が、その実情を改めて整理しながら、コロナ禍における彼らの苦境をレポートする。
ベトナムの首都ハノイにて。送り出し機関が運営する「日本語及び職業訓練センター」の一日は、朝6時のラジオ体操から始まる。一糸乱れずに体を動かしているのは、日本企業の面接に合格した実習生たち。併設の寮で寝泊りをしている。
あなたの元に、こんな求人情報が届いたら、興味を持つだろうか。
「〈人材大募集〉参加費を全額借金しても、3年間で返済した上に、1500万円~2500万円を貯金できるチャンス!/労働契約期間:3年(最大7年延長可)/参加費用:500万円(低金利の国営ローン有)/仕事内容:誰にでもできる簡単な仕事/参加条件:健康な男女。入れ墨なし/特記事項:採用後、出国までの約半年間、全寮制の教育施設で外国語と外国文化の学習を受けること。途中で逃げ出さないこと」
少なくとも、特別な資産もなく、貧乏暇なしで働き続ける筆者であれば、興味を持つ。人生100年時代ともいわれる今、記憶に新しい「老後の2000万円問題」も3年間の単純労働で解決するとなれば、興味を持つのは筆者だけではないだろう。
こんな夢のような募集広告を、筆者はベトナム北部の農村部で見た。通貨単位は当然、現地のベトナムドンで表記されているが、内容は日本人の金銭感覚値に修正し、和訳しただけだ。
ただ、これが、日本の技能実習生の募集広告だと聞けば、驚く人は多いのではないか。NHKをはじめとする大手メディアがこぞって劣悪な環境で働く技能実習生や、失踪する技能実習生を取り上げるため、大半の読者も「技能実習生は最低賃金で働かされるかわいそうな外国人」といったネガティブなイメージを持っている人が多いだろう。
しかし、実際は極めてギャンブル性の高い「東南アジアの農村部に暮らす低学歴の若者の格差逆転ゲーム」というのが、多くの技能実習生を取材し続けてきた筆者が抱く技能実習に対するイメージである。
2016年に中国を抜き、技能実習生最大の供給国となったベトナム。11年末に1万3789人だったベトナム人技能実習生は、19年末時点ではその10倍を大きく超える21万8727人まで増えている。皆、自ら志願して「黄金の国ジパング」を目指す。その主役は農村部の子どもたちであって、都市部の高学歴層ではない。ベトナムのある送り出し機関の教育センターで入国前に勉強するベトナム人技能実習生の学歴を職員に聞いたことがある。570名中、高卒が446名、専門学校卒が70名、大学・短期大学卒が54名。その送り出し機関では中卒を受け付けていなかった。
今時、ベトナムの農村部の若者でもスマートフォンを持ち、フェイスブックなどのSNSツールで世界とつながっている。仮に日本の大手メディアが報じるように日本の技能実習が劣悪な環境ばかりなら、誰も日本を目指さない。
技能実習生の多くは毎月10万円程度を貯金し、3年間で約300万円の貯金を目指す。日本人にとっては最低賃金の仕事であっても、彼らが生まれた農村部の月収が1万5000円程度であることを考えると、それがどれだけ高額かわかるだろう。300万円を持って帰れば、立派な家も建つ。
ただ、先に「ギャンブル性が高い」と書いたのは、あまりに高額な参加費のわりに、当たり外れが激しいからだ。特にベトナム人技能実習生は、平均して7000~8000ドル程度(約80万円)を送り出し機関に支払い、日本にやってくる。その金額はベトナム農家の年収の3年分に相当する。身内からお金をかき集めても準備ができず、土地を担保に預け、金融機関から借金して日本に来る者も少なくない。