――このコロナ禍はジャーナリズムや医療、経済の側面から語られがちであるが、今の状況を冷静に見つめ、サバイブするために必要とされるのは“文学”の視点かもしれない――。カミュ『ペスト』や小松左京『復活の日』が再評価されている中、石丸元章、海猫沢めろん、吉川浩満の3人が本当に読むべき“感染文学”について語り倒す!
『復活の日』(角川文庫)
新型コロナウイルス感染拡大という未曾有の事態に直面し、世界中の人々がこれからの生き方そのものを問い直すことを余儀なくされた。そんな今、不足しているのは文学だ! 既存の枠組みにとらわれない小説やノンフィクションを著してきた作家の石丸元章が、今こそ読むべき“感染文学”を語るべく、小説家の海猫沢めろん、文筆家の吉川浩満を緊急招集し、スカイプでリモート鼎談を行った。解答のない時代を生き抜くために必要な文学とは――。
14世紀の『デカメロン』はZoom飲みの古い先祖
石丸元章(以下、石丸) なぜ今回、感染文学についてお話したいかというと、感染禍はさまざまな角度で語られるべきだと思うんです。テレビでは主にジャーナリズムの側面から語られている。私は、死生観に関わることだし、宗教・哲学を含めた文学の側面からもっと語られなければいけないという気持ちを持っています。数年前から熊本にお住まいのめろん先生は、最近いかがお過ごしですか?
海猫沢めろん(以下、海猫沢) 長らく東京にいたので、熊本には知り合いがほとんどいないんです。だから、家にずっといること自体はあまり変わっていませんね。ただ、東京に行けないのがツラい。
石丸 多くの人が普段から会社と家という狭いエリアでしか生活していなかったけど、「外に出てはいけない」と行動を制限をされると精神的プレッシャーを感じますね。「ステイホーム」って俺たちは犬か、と。吉川さんはいかがですか?
吉川浩満(以下、吉川) 私は普段、会社勤めをしながら執筆をしていますが、会社がかなり早い段階でフルリモートワークになり、今はどちらの仕事も家で行っています。
石丸 私も基本的に在宅労働者ですけど、たまの取材で表に出ることが今まで以上に楽しみになりますね。今日もサイゾー編集部にお邪魔してリモートしています。