自由表現は不敬なのか?――眞子さまも卒論で取り上げた天皇肖像の含意とアート群

――婚約延期の結果が注目される秋篠宮眞子さまは、国際基督教大学の卒業論文で明治期の神話画を扱ったそうだが、天皇の肖像は戦前から戦中にかけて、神聖な価値を持たされてきた。そんな天皇の姿をモチーフとしたアート作品が意味していたものとは、一体何だったのだろうか?

山下菊二による『緋道』(提供/日本画廊)

 今年開かれる東京オリンピックのメインスタジアムとして完成した新国立競技場。神宮外苑にそびえるその威容のすぐそばに、古めかしくも堂々とした聖徳記念絵画館という建物がある。

 1926年(大正15年)に完成したこの建物には、1936年(昭和11年)までに、76人の著名な画家の手になる80点の絵画が集められた。半数の40点が日本画、残り半数の40点が洋画からなるそれらの絵画には、すべて明治天皇の生涯を彩った事跡の数々が描かれている。誕生から即位、大政奉還や憲法発布式、そして日清・日露戦争といったそれらの出来事は、明治国家の偉大さを明治天皇を描くことを通じて伝えようとしたものである。

 ここに収められた作品群について『天皇アート論』(社会評論社)の著者で、美術評論家のアライ=ヒロユキ氏はこのように話す。

「聖徳記念絵画館の絵は、洋画と日本画で雰囲気が大分違いますね。洋画のほうが迫真性とか写実性に依拠していて記録性に富んでいますが、日本画は記録性が薄い分、斬新な着想の作品もあるので、絵画としては日本画のほうがおもしろい。洋画だと病床の岩倉具視を明治天皇が見舞う絵とか、事実に基づいたドラマ性のある作品が多いですが、日本画では満開の桜を天皇が見ている絵など、天皇より桜のほうがずっと大きく描かれていて、これはもはや絵画的に桜が主題になっていますよね」

 明治になってから絵画における天皇の描かれ方は大きく変わることになったが、そこには明治政府の政策がからんでいた。『〈肖像〉文化考』(春秋社)の著者で、美術史家の平瀬礼太氏はこう解説する。

「明治以前の江戸時代は、天皇の姿どころか存在すら一般の庶民にはそれほど意識されていなかった。いわば可視化されていなかった状態にありました。しかし明治になると、明治政府は諸外国にならって国家の権威の所有者としての天皇を可視化しようとします。そこでまずは『行幸』という形で、たとえ本人を目にできなくとも天皇の存在自体を日本全国に知らしめ、次に広く国民に周知させるための肖像を作らせたのです。しかし、実際の明治天皇は写真嫌いであり、広く知られた肖像はお抱え画家のキヨッソーネの絵を写真に映したものであることは、よく知られる通りです」

 平瀬氏によると、天皇の肖像は明治以降の日本において、民衆の中に上下の階層のヒエラルキーを明確にする役割を果たしていたという。

 令和の皇室では、秋篠宮眞子さまと小室圭さんの婚約延期が延期期限の2年を過ぎて、どのような結論に向かうのか注目されているが、その眞子さまは、2014年に国際基督教大学を卒業したときの卒業論文として、「明治時代における神話画の誕生、発展、そして葛藤」というテーマを英文で執筆している。有名な天皇の肖像のほかにも、明治期には神武天皇など、古事記や日本書紀に書かれた天皇たちの絵がさまざまに描かれることになったが、眞子さまはその中に隠された明治政府の権力のありようを読み解こうとされたのだろうか。なかなか大胆なテーマを選ばれたものだと思うが、どのようなことが書かれているのか、読んでみたいものである。

 眞子さまの論文の題名にある通り、明治以降、日本の神話は画家たちに好まれるテーマのひとつとなった。幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師の月岡芳年は、明治天皇や神功皇后などの錦絵を残している。アライ氏は『天皇アート論』の中で、月岡芳年が描いた《大日本史略図会 第十五代神功皇后》に描かれた神功皇后の、弓を薙刀のように突き出す姿はまるでゴシックファッションのアニメヒロインのようで、このような錦絵の本領は、時代性を超越するインパクトに主眼を置く想像力にあると分析している。

 また、神話画といえば、平瀬礼太氏は前掲書の中で神武天皇の絵姿を自らの血で描いたという壮絶な創作を行なった画家を紹介している。その画家の名は伊藤彦造。剣の師範でもあった伊藤は、朝日新聞に勤務中、イラストを学んで後に日本画家に師事。『少年倶楽部』『キング』などの挿絵で活躍する。1932年、日中の動乱に際しての国民の涙ぐましい努力に対して、「建国のはじめの神武天皇の姿を魂と血のあらん限り注ぎ込んで皇恩に報いたいと念願し」、腕にメスを当てて流れる血を筆に受けて倒れるまで描き続けることを繰り返すこと10日あまり。ついに「神武天皇御東征の図」を完成させ、大阪毎日新聞社を通して軍部筋へ献納したという。このような逸話も、天皇の肖像が戦前の日本人にとっていかに特別なものであったかということを如実に表しているといえよう。

命に代えても守る神聖な御真影

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