――ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地
『円高・デフレが日本を救う』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
[今月のゲスト]
小幡 績[慶應義塾大学ビジネススクール准教授]
――いま、自国の通貨建ての国債を発行できる国は、デフォルトを気にせず積極的に国債を発行し、景気刺激策を進め、借金の返済は通貨の発行で賄えばいいという経済理論が世界中で注目されている。それがMMTだ。経済学史をひもといても、これまで同様の主張は存在してきたが、2016年の米大統領選で認知度が一気に高まったという。
神保 今回のテーマはMMT(Modern Monetary Theory=現代貨幣理論)です。宮台さんは、MMTという理論については、どんな印象をお持ちでしょうか?
宮台 非常に話題になっていますが、その妥当性に関する議論があまり出てきておらず、「反緊縮派の背後にMMTがあるんだ」という話ばかりを聞いています。中身について資料を読んでも、いまいちよくわからない。日本の労働生産性、潜在成長率、最低賃金など、“盛れない指標”がいずれも悪い中で、政府や日銀が貨幣を刷りまくることで、何かいいことがあるのか、疑問です。
神保 確かに、主流の経済学者たちからはボロクソに言われています。ただ、その一方で、これまで主流の経済学に則って経済を運営してきた結果がいまの世界のこの状況だとすると、主流経済学がそんなに偉いのか、と思う部分もあります。また、いまの日本の経済状況が、この理論の裏付けになっているという話もあります。
先日、MMTの提唱者のひとりで、ニューヨーク州立大学教授のステファニー・ケルトン氏が来日し、「日本が生ける証拠だ。これだけ金融緩和をしても、まったくインフレなど起きていないではないか」と語っています。
宮台 しかし、99羽までのカラスが黒かったからといって、100羽目のカラスが黒いとは限らない。哲学の世界では思弁的実在論という考え方があり、そもそも世界は、一寸先は闇です。
神保 ただアメリカには、日本をネタにしてMMTを主張する人が結構出てきています。そもそもMMTとはどんな理論で、なぜいまそれが注目を集めているのかを聞くために、慶應義塾大学ビジネススクール准教授の小幡績さんをお招きしました。まずは総論として、昨年あたりからMMTが話題になってきたことについて、経済の専門家としてどうご覧になっていますか?
小幡 従来から存在していた理論ですが、脚光を浴びることはなく、近年、アメリカでバーニー・サンダースのブレーンが主張する理論として有名になりました。これに対し、元財務長官、元ハーバード学長のローレンス・サマーズやノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・E・ステグリッツといった正統派の大物経済学者たちが痛烈に批判して、さらに大きな話題となりました。日本で有名になったのは、MMT理論を主張するケルトン教授が、日本はMMTを実践して成功していると言及したからです。日本でのMMTの支持者は、一部の政権ブレーンや話題に便乗したがるエコノミストで、ポピュリズム政策が好きな人々です。要するに、日本でもアメリカでも、MMT学者の間で理論として有名になったのではなく、ポピュリズム政策として政治的に利用されて有名になったのです。
特に日本は、金融でも財政でも、ポピュリズム的な政策をしたい似非エコノミストのような人たちが多いので、便利そうなものを見つけると飛びついて売り込む、ということがある。リフレ政策とMMT理論は、そういった人たちに利用されています。
神保 それではMMTとは何なのか、というイロハの部分ですが、「Modern Monetary Theory」の頭文字で、日本語では「現代貨幣理論」と訳されています。これはそもそも「貨幣理論」なのですか?
小幡 いいご質問です。そこがポイントで、貨幣理論と思いきや、実際には「貨幣はどうでもいい」という理論なんです。
神保 先の参院選では、主要政党でMMTの議論に乗るものはありませんでしたが、以前マル激に出演した、れいわ新選組の山本太郎さんが、消費税廃止、最低賃金1500円、奨学金徳政令などを主張していて、その財源を問うと、立命館大学の松尾匡教授らのアドバイスに基づいて「とにかく国債を刷ればいい。円建ての国債を刷っている分には問題ない」としていました。今回、躍進した政党の代表格であるれいわ新選組が、日本の政治現場における最初のMMT提唱者になりました。
宮台 そもそも、いまの日本のポリシーの全体像は、MMTだと言っていいのでしょうか?
小幡 MMTと整合的だ、と言っていいかもしれません。つまり、あまり将来のコストに鑑みず金融緩和をして、財政赤字も気にしない。一番のポイントは、中央銀行が政府の言いなりになって、自分の意思を持たずにひたすら支えるということです。