アジアン旋風を巻き起こす〈88rising〉世界戦略の真実

〈88rising〉を率いるCEOのショーン・ミヤシロは日系アメリカ人。英語での取材となった。

 では、〈88rising〉とは一体なんなのか――。そんな疑問を持つ本誌読者も多いことだろう。そもそもそれは、アメリカの人気メディア「VICE」のダンス・ミュージック専門サイト「Thump」を運営していた日系アメリカ人のショーン・ミヤシロによって2015年に設立された。当初は〈CXSHXNLY〉という名で韓国系アメリカ人ラッパーのダムファウンデッドやオケイションなどのマネジメントを行っていたが、ミヤシロは“すべての移民のため”のミュージック・コレクティブをつくるために立ち上げたという。〈CXSHXNLY〉は16年に新たにYouTubeチャンネルとして〈88rising〉をスタートし、自身がかかわるアーティストに限らず多種多様なジャンルのビデオをアップするようになった。

 そして、一気に〈88rising〉に注目が集まるきっかけとなった動画がYouTubeに上がる。それが、今回も来日していたリッチ・ブライアン(当時の名義はリッチ・チガ)が自主制作したミュージック・ビデオ(以下、MV)「Dat $tick」(16年)だ。これまでヒップホップのイメージがまったくなかったインドネシア人の当時16歳の少年が、ピンクのポロシャツに半ズボン、ウェストポーチという姿で、ヒップホップのトレンドであるアグレッシブなトラップ・ビートに乗せて、「Man, I don't give a fuck about a mothafuckin' po(警察なんてクソくらえだ)」とアメリカのギャングのごとくラップする――。こうした何重もの“想定外”をはらんだ動画は世界中に驚きを与えた。

バックステージでライブに備えるハイヤー・ブラザーズ(上)、リッチ・ブライアン(右下)、オーガスト08(左下)。

〈88rising〉はこのMVにいち早く目をつけ、アメリカの有名ラッパーたちにそれを見せて感想を述べてもらう、いわゆるリアクション・ビデオを制作。強面のラッパーたちがコミカルにしか見えないリッチ・ブライアンの姿に本気で興奮し、賞賛するそのビデオが後押しとなり、「Dat $tick」のバズはさらに膨張した。こうして本国のラッパーしかなかなか受け入れないアメリカのヒップホップ界にも届き、MVの再生回数は現在までに1億回を超えている。さらに、〈88rising〉はリアクション・ビデオに登場したベテラン・ラッパー、ゴーストフェイス・キラーらをフィーチャーした「Dat $tick」のリミックス・バージョンMVまでスピーディにつくり上げ、世界中の音楽業界から注目を浴びることになったのだ。

 この経験をもとに、ミヤシロ率いる〈88rising〉は、多種多様なビデオをアップするよりも、アジア圏のアーティストを発掘するという方向性をより強く打ち出していくことになる。中国一のヒップホップ都市といわれる成都出身のハイヤー・ブラザーズや、大阪で生まれた日本とアメリカのハーフで、18歳で渡米してからYouTuberのFilthy Frankとして人気を得ていたJojiなどを、次々とアメリカのアーバン・ミュージック・シーンに送り込んでいった。その後も、インドネシアのNIKIや、アフリカン・アメリカンでありながらLAのコリアンタウン出身のシンガーであるオーガスト08などがレーベルに参加。昨年に至っては、Jojiのデビュー・アルバム『Ballads 1』が、アジア人で史上初となるビルボードR&B/ヒップホップ・チャートの1位を獲得するなど、その勢力を着実に拡大している。

アジアのヒップホップが米国で認められにくい理由

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