――ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地
『統計と日本社会: データサイエンス時代の展開』(東京大学出版会)
[今月のゲスト]
鈴木卓実[たくみ総合研究所代表・エコノミスト]
厚生労働省による不正統計問題では、日本の統計のデタラメぶりが国内外に衝撃を与えたが、まだまだ波紋は広がりそうだ。そもそも基幹統計は、世界銀行、IMF、OECDなどの国際機関に報告しているGDPといった諸統計にも影響を与えているからだ。この背景には、日本が統計を軽視していたことも原因としてある、と専門家は見るが――。
神保 今回は、統計の問題を議論したいと思います。政府の「毎月勤労統計」の不正が、国会で政治問題化しています。モリカケでも、さまざまな公文書が消えたり改ざんされたり廃棄されたりしていたことが問題になりましたが、今回はいよいよ政府の統計データまでがデタラメだったという話です。官邸に権力を集中させた結果、霞が関では政権に忖度しないと生きていけなくなっています。
今回の問題も、忖度がひとつの要因ではあるかもしれませんが、それだけでは説明がつかないような感じもします。大きくいえば「劣化」ということになるのかもしれませんが、なぜこうまで劣化したのかは検証が必要です。
また、市民社会側も、普段から統計についてあまり真剣に考えてこなかったことが、統計が軽視されるに至ったひとつの要因だったかもしれません。
宮台 これはやはり民主主義の問題と関連します。昔から思うのは、すべての分野における政策は事前のリサーチを十分に行い、かつ遂行したあとには実際に効果があったかということを調べる必要がありますが、日本はそれが両方とも薄い。つまりリサーチに基づいて政策の合理性が評価されるのではなく、大人の事情、権益のネットワークや損得に基づく忖度により政策が決まっているという可能性を考えてきました。今回の事実上のデータ偽造問題で、その疑念は本当だったのだと、はっきりした感じがします。
神保 今回は統計のイロハについて、わかりやすく解説していただける専門家をゲストにお招きしました。エコノミストで、たくみ総合研究所代表の鈴木卓実さんです。昨年、独立する前は、ずっと日銀の統計畑におられました。
さて、昨年11月13日の日経新聞に、賃金データについて日銀が政府統計に不信感を持っているという記事が掲載されています。その日銀におられた鈴木さんとしては、まず総論的な部分で、今回の問題をどうご覧になっていますか?
鈴木 統計を作成していた人間としては、おおよそ信じがたく、はっきりいえば不正を通り越し、統計法違反の犯罪です。毎月勤労統計は統計法で定められている基幹統計であり、インチキをすればきちんと罰則がある。教育を受けていないのか、とすら思うほどひどいものです。
神保 毎月勤労統計はGDP(国内総生産)の数字にも影響します。また、民間企業の採用もこのデータを参考にしているところがあるそうです。さらに、日本はIMF(国際通貨基金)やOECD(経済協力開発機構)にも、間違った数字を出してしまったことになりますし、他省庁が出す月例経済報告や経済財政白書、景気動向指数、国民経済計算などにも影響します。この「国民経済計算」というのは聞き慣れない言葉ですが、重要なものですか?
鈴木 GDPというのは、国民経済計算の系列の中の一部です。いわゆる三面等価の一部の数字が、毎月統計の影響で崩れてしまいます。
神保 日銀の景気判断にも毎月勤労統計が使われていますが、日銀としては政府の基幹統計は正確であるという前提の上で、景気判断をしているということでしょうか?
鈴木 不正はない、という前提に立っています。ただ、サンプル調査なのでうまく取れないこともある、という認識は常に持っています。おそらく、今回の件についても、調査の仕方がおかしかったのか数字が荒れて、それをどんどん突き詰めていったら不正が明らかになった、という流れだと思います。
神保 今回は、そもそも東京の社員500人以上の大企業については全数調査をすることになっていたはずが、実際には3分の1しか調査していなかった。最終的なデータを正確にするためには、少なくとも東京の大企業のデータを3倍にして計算する必要がありましたが、それをやっていなかったために、実際より低い数値が出てしまった。平均的に大企業の賃金のほうが中小企業よりも高いからです。しかも、不正が指摘されたため、去年の1月に突然その補正を行ったら、賃金が急に上昇したような形になってしまった。そこで「アベノミクスで賃金が上がった」という根拠として、その誤ったデータが使われるようになってしまった。
鈴木 おそらく2018年1月のタイミングで調査先のサンプル変更があり、そこに合わせてしれっと直したかったのだろうと思います。ただ、総裁選などもあったことで、どうしても「恣意的に数字を操作したのではないか」という疑いはくすぶり続けてしまう。