【神保哲生×宮台真司×阿部公彦】政権の利益誘導政策に踊らされる英語教育の欺瞞

――ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地

『英語教育幻想』(ちくま新書)

[今月のゲスト]
阿部公彦[東京大学大学院人文社会系研究科・文学部教授]

2020年度から大学の英語入試方式が変更になるという。しかもその内容が、TOEFLや英検などの民間の検定試験をセンター試験の代わりに利用するというもの。文科省の説明では「書く、聞く、読む、話す」の4技能の重視を謳い、その技能を測ることが目的だというが、改革の背景には、業者による利益相反が見えるという。

神保 今回のテーマは「日本の英語教育」です。現在、日本は小学校5年生から英語の授業が導入されていますが、日本の英語教育について、宮台さんはどんなご意見をお持ちですか?

宮台 僕の世代は鳥飼玖美子さんの同時通訳を見て育ちましたが、鳥飼さんは英語の早期教育に強く反対してこられた。公立小学校に正式な授業過程として英語が下りてきて、先生方は大変なパニック状態になっています。また、ずいぶん前から「英語は小さい頃からネイティブに教わらなければいけない」という、僕からすれば完全な“神話”がはびこっている。ネイティブでもない先生方はどうしたらいいのか、ますますアノミー状態です。

神保 既存の英語教育のどこに問題があるかを把握しないまま、とにかく早い時期からということで小学校の英語授業が始まってしまった感じです。

宮台 そうです。こうなった以上、中学入試に備えて英語の塾に行くしかないと、業者に子どもたちが次々に送り込まれている、という状況です。

神保 そして、2年後にはまた、とても大きな改革が実施されることになっています。対象になる受験生はともかく、世の中一般の方々は、「入学試験の英語がTOEFLや英検に取って代わられる」ことを知っているのでしょうか?

宮台 知らないでしょうね。東大がそれに抵抗した、ということがニュースになってはいるが、その抵抗の意味がわかる人はほとんどいないと思います。

神保 そういうことも含めて、英語教育に今何が起きているのかをうかがいたいということで、東京大学大学院人文社会系研究科教授の阿部公彦さんをお招きしました。今回は阿部さんの著書『史上最悪の英語政策 ウソだらけの「4技能」看板』(ひつじ書房)を参考にさせていただきました。「4技能」というのは「書く/ライティング」「聞く/リスニング」「読む/リーディング」「話す/スピーキング」の4つのことで、これを満たすために改革が行われようとしているようです。

宮台 この本のいいところは、英語教育の理念や有効性についての議論ももちろん面白いのですが、それ以上に、何がきっかけで、誰が引き回しているのか、ということが実名入りでかなり詳しく書かれていることです。

神保 制度の変更を議論する場に利害当事者が入り、自分たちの事業に有利になる提言を行うのはこれまでもありましたが、今回も明らかな利益相反があったようですね。つまり、入試が民間委託されれば多大な利益を得る事業者が有識者会議に入り、民間委託すべきだと提言するパターンが、ここでも散見されます。有識者会議には楽天の三木谷浩史さんが入っていて、同時に楽天が英語教育に参入していたことが一部で批判を受けたと聞いています。

阿部 今回の改革についてはさまざまな問題が取り上げられており、どの点に関してもおかしいと言われています。例えば、地域格差があるとか、試験がきちんと採点できるのか、などですが、なんといっても重要なのは「利益相反」の問題。つまり、試験を出す側と試験の対策を教える側が一緒なのです。問題漏洩、その他不適切な運営の温床になることは目に見えています。「うちの塾に来れば、うちの試験ではいい点数が取れますよ」と言えるわけだから。

 民間試験業者は、試験対策事業でかなりの利益を上げています。表向き対策をしていないところでも、対策会社に過去問などの権利を売り、間接的に稼いでいる。

神保 2020年度から新試験が導入されるということですね。「新共通テスト」と呼ばれるもので、受験生は4~12月の間に、民間の試験を最大2回受験できると。試験名、検定料、「話す」テストの回答形式、20年度の実施地区をそれぞれ列挙すると、「ケンブリッジ英語検定/9720円~2万538 0円/面接/10地区」「TOEFL iBT/235ドル/録音/10地区」「TOEIC L&R/572 5円/│/全都道府県」「S&W/1万260円/録音/10地区」「GTEC/6700円、9720円/録音/全都道府県」「TEAP/1万 5000円/面接/全都道府県」「TEAP CBT/1万 5000円/録音/6地区」「英検/5800円~1万6500円/面接か録音/全都道府県」「IEL TS/2万5380円/面接/10~9地区」となります。

阿部 24年までは、従来のセンター試験の後継である「共通テスト」と並立ということになっています。ただし、民間テストについては、各自勝手に受けてくださいと。試験を受ける前に、「この試験の点数を受験に使う」と宣言するシステムになっています。

神保 英検とTEAPは日本英語検定協会、GT ECはベネッセコーポレーション、IELTSはブリティッシュ・カウンシルなど、TOEFLは米ETS、ケンブリッジは英検ケンブリッジ大学英語検定機構、TOEICは国際ビジネスコミュニケーション協会と、いずれも民間が運営しています。受験生は最大2回まで受験でき、大学に出願する際に一番よかったテストの点数を一緒に出すことができるそうです。

宮台 わからなくなるのは比較可能性です。一体どうやって標準化するのか。

神保 テストの形式も違いますし、内容も異なるわけですよね?

阿部 まったく違います。そこでヨーロッパで使われているCEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)という指標を参考にしようという話になっています。CEFRは、言語運用能力をA1、A2、B1、 B2、C1、C2という6段階で示しているので、各業者テストの結果を、これらのカテゴリーに振り分けるというのです。しかし、CEFRを作った人も、選抜テストの点数分けにこの指標を「転用」するのはおかしいと思っているようです。CEFRはそんなに厳密な区分けではないからです。今、指摘されているのは、そうした枠組みの緩さを悪用して、業者が好き勝手にスコアを紐付けしているということです。自分たちのテストが有利に見えるよう工作している、というのです。これは「ダンピング」と言われます。それにこのように複数のテストがあれば、誰もが自分に相性のいい試験を受けたいと思いますよね。ところがこれだけ選択肢が多いと、どれが向いているかなどわからない。そこで業者さんが活躍、ということになる。「どこのテストを受けるかは私にお任せください」と、あやしい占い師のような人が入ってくるわけです。そんなことにお金とエネルギーを使っていたら、英語の勉強はどんどんおろそかになるでしょう。

 すでに学校現場に浸透しているテストもあります。最初はそれが英検だといわれていましたが、最近はベネッセのGTECが非常に有力だと。ベネッセさんは文科省とわりと仲良くやっていて、「全国学力・学習状況調査」も請け負っています。英語に関してはその浸透力は驚くほどで、学校現場とほとんど一心同体になりつつある。学校の先生もベネッセ頼りです。かなりの数の学校が、自分たちの生徒にG TECを受けるように勧めるのではないかと言われています。

なぜ日本の英語教育は会話至上主義になったのか?

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