悲劇の裏で撮られた変な戦争写真――『奇妙な戦争』が問いかけるもの

――戦争という人類最大の蛮行を繰り返さないために記録された、爆心地や逃げ惑う市民たちの写真。しかし、戦時中はずっと暗いわけではないので、ふとした瞬間に奇妙な写真も撮影されていた。

M4シャーマンをモデルとした空気式のダミー戦車。第二次世界大戦中は枢軸・連合双方にダミー戦車の大量投入が見られたという。とはいえ、今だと、住宅展示場にある、子供たちが中に入って遊ぶエアートランポリンにしか見えない。(© IWM H 042531)

 戦争写真というと、歴史的な悲劇の瞬間をとらえた報道写真や、あるいは次記事「未開人、オリエンタリズム、人間動物園……『ナショジオ』の植民地表象? アメリカ写真雑誌と人種差別」の「ナショナル ジオグラフィック」や「ライフ」の例のように、思想性の強いプロパガンダ写真などの印象が強い。それらの写真は、現代の日本に生きる我々の日常とはかけ離れた戦争の悲惨さ、人類の負の側面を今に伝えてくれる力を持っている。

 しかし、第一次世界大戦から100年、第二次世界大戦から70年が経過した今、そんな暗い戦争の時代を象徴する写真とは真逆の、当時の朗らかな日常を写し出した写真が、ヨーロッパ各国で日の目を見ている。

『Weird War Two』。帝国戦争博物館のホームページから直接、購入ができる。(http://www.iwmshop.org.uk/product/25923/Weird_War_Two

 第二次世界大戦中にベルリンに現れた白熊の着ぐるみと、市井の人々や兵隊たちが記念撮影をした際の写真を集めた写真集『TeddyBär』がドイツで出版。イギリスでは『Weird War One』と『Weird War Two』 という、戦時中の“Weird(奇妙でシュール)”な写真だけを集めた写真集が出版された。

 600万枚以上の写真など貴重な資料を所蔵するイギリス・帝国戦争博物館から、昨年1月に本国で出版された『Weird War Two』。そこに収録された写真に写るのは、教科書にあるような歴史的大事件ではなく、戦時下における人々の日常と、そこから生まれた珍事の数々だ。

 どう考えても目立ちまくりのゼブラ柄迷彩を施された船舶、パラシュート降下する軍用犬、膨張式戦車など、戦術上まったく役に立たなかった珍兵器や、戦場に駆り出されたどこか滑稽な動物たちの写真は、生きるか死ぬかの緊迫した前線や銃後にあって、不覚にも後世まで残ってしまったバカ画像と言って差し支えない。

壊れた車を動かすレッカー車代わりの象。普段はサーカスに飼われているキキとメニー。ただ、これぐらいの作業であれば、象に頼まなくても、と思えてしまう。(© IWM BU 11449)

「これらの写真集に収録されている写真には、報道写真としての価値やシリアスなメッセージがあるわけではありません」と本誌のメール取材に答えてくれたのは、同博物館職員でこの写真集の作者、ピーター・タイラー氏。

「あるとすれば、最も暗い時代、戦争の真っ只中にあってさえ、人々の暮らしはくだらない笑いであふれているということ。この写真集は単純に私を驚かせてくれた写真、思わず笑ってしまった写真を集めたものですが、読者にも気軽に手に取って楽しんでほしいですし、この本が戦争のまた別の側面に目を向ける機会になれば、とても、うれしいですね」

パラシュート降下する軍用犬。名前はサルボ。

 権威ある国立の博物館がこんなシュール極まりない写真集を出版したこと自体驚きだが、タイラー氏によれば戦争に関する膨大な資料や記録を収集・保管してきた国立博物館だからこそ、こうした写真集を世に出せたという。

「博物館側もこの本の出版に非常に協力的でした。私がこの写真集のアイデアを思いついた当初は、実際に一冊の写真集を作るのに十分な写真が存在するか、確信がなかったんですが、博物館のアーカイブから興味深い写真が見つかると、その情報が私の元に集まるようになり、今ではすっかりこの手の写真の専門家になってしまいました。どの写真も気に入っていますが、特に、ビールを兵士に運ぶために改造された戦闘機や、停電下の夜間でも車両に轢き殺されないよう警告の縞を体に描かれてしまった牛の写真が好きですね」

黒い牛に白のペンキを塗るエセックスの農民。こうすれば、停電中の夜間でも車に轢かれることはないとのことだが、もう少し丁寧に塗れないのだろうか?(© IWM HU 36167)

 通常の戦争写真とはひと味違う、国家の存亡をかけた戦時下で生じたズレまくりの努力と生活の記録から、当時の人々の様子がより立体的な実像として浮かび上がる。

 同書はすでに欧米の新聞などで広く取り上げられ、そのほとんどが好意的な反応で受け入れられたそうだ。もっとも、北朝鮮をはじめ外交問題で揺れ動く現在の日本で、同趣旨の写真集が出版された場合、国内外の反応はまた違ったものになるかもしれない。

(文/伊藤 綾)

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