ディズニーを忖度した東宝が言論統制!? ミュージカル『メリー・ポピンズ』の感動できない舞台裏

現在、上演中のミュージカル『メリー・ポピンズ』のパンフレット

 ところが、主催企業のひとつである東宝の演劇担当者の依頼で、そのような主旨の解説を書き、いわれた締切を守って送ったところ、ボツにされた。理由は、担当者のメールを引用すると、「進行の過程で作品の権利元より要望がございました。その内容を検証した結果、先生にご対応をお願いできる範囲を超えた部分での要望であり、先生にはご迷惑をおかけできないとの制作の判断がございました」(原文ママ)というものだ。婉曲に言っているのでわかりにくいが、要するに「権利元」の圧力がかかったので、依頼はしたが、あなたの原稿をボツにするということだ。「権利元」とは同じ発信者のメールによると、「本ミュージカルの権利者で、オリジナルプロデューサーのキャメロン・マッキントッシュ社及びディズーニ社」(原文ママ)だそうである。これらの権利者と「協議の結果」、ボツにしたということだ。

 これが本当なら、「本ミュージカルの権利者で、オリジナルプロデューサーのキャメロン・マッキントッシュ社及びディズーニ社」が、事前検閲をして、日本国憲法に定められた表現の自由を無視して、発表の場を奪ったということになる。日本は言論の自由が認められた国で、私はそれを当たり前だと思っているので、外国の企業が日本の言論人にこのようなことができると知って非常なショックを受けた。最初に述べたように、今度のミュージカル『メリー・ポピンズ』の上演は、ディズニーやその系列企業や提携企業ではなく、非ディズニー系の企業や劇団が主催している。だからこそ、応援の意味もあって、破格の原稿料で引き受けたのだ。

 私の書いたものは、解説ないし論評であって、ディズニーおよび関連企業に対する著作権侵害や中傷・誹謗ではない。私が言及した事実にしても、日本はともかく、欧米、特にオーストラリアでは、すでに指摘されていることだ。したがって、「キャメロン・マッキントッシュ社及びディズーニ社」に私だけを狙い撃ちしてその行為を抑圧する権利はない。日本の非ディズニー系の企業や劇団にさえこのような権力を行使できるとすれば、ディズニー系列企業と提携関係にある日本の企業や劇団ではどんな検閲や言論統制が行われているのだろうと背筋が寒くなる。

 私はディズニーについては7冊著書があり、雑誌記事(すべて依頼稿)も『ディズニー・ファン』(講談社)の連載も含めて無数に書いている。これまで、ボツにされたことは一度もない。講談社はディズニーと関係が深いことで知られているが、ここから依頼があったときも、ボツはおろか校正上の訂正以外は、修正の要求もなかった。それも道理で、「権利元」が独立の企業にそのような圧力をかけるのは、法学が専門の同僚の先生の説明によると、「商法でいう優越的地位の濫用にあたる疑いが強い」のだそうだ。

 また、知っている複数の雑誌関係者に、依頼稿をボツにするのはよくあるのかと訊いたところ、「掲載の時期をずらすことはあっても、ボツにすることはない、社の信用にかかわるから」という、予想していた答えが返ってきた。東宝の演劇担当者がしたことは、よほど異常なのだ。

 一方、この担当者の私に対するあしらいは、大企業が組織の後ろ盾のない一個人によくやるものだった。つまり、私の抗議にのらりくらりと要領を得ない返答をした上、ほかの担当者にたらい回しし、やがて返信することをやめる。ちなみに、前述のように破格の原稿料なのに、2月初めに原稿を送ったにもかかわらず、今に至るまで支払われていない。また、ボツになった拙稿が2次利用や盗用されていないか確認したいので、劇場公演のパンフレットや広報資料を送るようにと再三お願いしたが、これもまったく無視されている。原稿を送る前は、社用箋に入ったDVDや資料などを当時居住していたオーストラリアまでたくさん送ってきたのだから、やろうと思えばすぐにできるはずだ。なぜ、それができないのか私には理解できない。

 こんなひどい人々が関係しているミュージカル『メリー・ポピンズ』だが、ボイコットを呼びかけようとはまったく思わない。劇団員や俳優は、一生懸命、稽古し、役作りをし、素晴らしいミュージカルにしようと努力している。舞台係などの人々も同じだ。彼らに罪はない。それに、こんな事実とは関係なく、いい舞台はいい舞台なのだ。それはお金と時間をかけて観に行く価値がある。ただし、お金に関しては、その相当部分が日本人のクリエイティヴィティなど認めない外国企業の懐に入ることは認識しておく必要がある。

有馬哲夫(ありま・てつお)
1953年生まれ。早稲田大学社会科学部・大学院社会科学研究科教授(メディア論)。著書に『ディズニーの魔法』『ディズニーランドの秘密』『原発・正力・CIA 機密文書で読む昭和裏面史』(すべて新潮新書)などがある。

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