羽生結弦の「戻ってくる世界」を考えてみた/スケオタエッセイスト・高山真の平昌オリンピックに寄せる期待

――女性向けメディアを中心に活躍するエッセイスト・高山真が、世にあふれる"アイドル"を考察する。超刺激的カルチャー論。

来年1月17日に高山真さんのフィギュアスケート論をまとめた『羽生結弦は助走をしない』(集英社新書)が発売になります!絶賛予約受付中!

 折にふれ、羽生結弦の演技を何度も見返す日々が続いています。

 もちろん、このグランプリシリーズおよびグランプリファイナルで披露された、ほかのスケーターたちの素晴らしい演技も、療養中の自宅の寝椅子で何度も見返しています。そういった選手たちの素晴らしい演技についても、語りたいことは山のようにあります。近々このサイゾーpremiumさんで書かせていただけるよう、虎視眈々と機会をうかがっています。

 私はフィギュアスケートという競技そのものが大好きで、フィギュアスケートに打ち込んでいるすべての選手をリスペクトしている観客です。その大前提のもとに言わせていただきたいのですが、やはり、羽生結弦の演技が見られないのはたまらなく寂しい。その思いが、オータムクラシックのショートプログラムと、ロシア杯のフリーを何度も見返す「根っこ」になっている、と言いますか…。

 私は過去、この連載で「選手たちが自分の限界を超えたくて無茶をしてしまうのは、アスリートの常でもあるから仕方がない部分もある。その分、連盟とコーチが密に連携して、万全のケアとバックアップをしてあげてほしい」と書いたことがあると記憶しています。いまはただ、羽生結弦に対するケアとバックアップが万全におこなわれていることを祈るのみ。そして私は、羽生が平昌オリンピックで素晴らしいパフォーマンスを披露してくれることを、露ほども疑っていません。

 そんな思いを抱きつつ、今回はまず、おわびを申し上げなくてはいけません。9月にアップしたエッセイ(「羽生結弦の「さらに進化した世界」を考えてみた」)で、私は今シーズンの『ショパン バラード第1番』のツボの中で、こんなことを書きました。

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●トリプルアクセルの着氷後の流れ。過去のエッセイでも書きましたが、このプログラムでは、きれいなバックアウトエッジで着氷した後、流れのままにバックインエッジにチェンジするのが、「羽生結弦のオリジナリティ」のひとつでした。
今回は、バックインになったあと、フォアエッジへとチェンジエッジして、そこから1080度(3回転分)のターンを入れているのでは、と(ここ、上半身しか映っていなかったので、私の推測に過ぎないのですが)。
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 私が見たオータムクラシックの映像は、最初から最後まで羽生の全身をきちんととらえたカメラワークになっていましたので、ここもチェックできたのですが、1080度のターンではなく、720度のターンをして、一度足を踏み替えていますね。そこからさらに360度のターンをしています。「上半身しか映っていなかった」とは書いていますが、それでも間違ったことを書いたことには変わりありません。申し訳ありませんでした。

 それにしたってこのトリプルアクセルの着氷後のトランジションの見事なこと。バックアウトエッジでの完璧な着氷後、バックインへと移行するエッジワークのなめらかさと重厚さ。その重厚さは、羽生がプログラム全編にわたって繰り広げている「体重をまるで感じさせないエフォートレス・スケーティング」とのコントラストが非常にクッキリしていて、なんと言いますか、「心地いい裏切り」のようにハッとする印象です。その重厚なエッジと、ピアノの重く低く響く音がシンクロしているわけです。そして、音符が華やかにこぼれるような音に変わったところで、軽やかなターンに入っていく…。

 この一連のトランジションで出ている「距離」のとんでもなさ。高難度のジャンプの着氷後にこれをつなげてくる強さとテクニック。そして、こうした強さとテクニックを、曲のイメージはもちろん音符のひとつひとつにからめてくるミュージカリティ。これこそが、私にとっては「That’s the Figure Skating!」という感じなのです。

 ほかにうなった部分を、あえて絞って絞って、2つほど挙げるなら…。

●演技冒頭のブラケットターン。フォアエッジからバックエッジへ切り替わる瞬間のなめらかさ。2015-16年シーズンより、バックエッジになってからの体勢の保持が一拍分伸びているような。それがショパンのバラードの軽やかでシームレスな曲想にさらにシンクロしているイメージです。

●ステップシークエンスの冒頭、羽生本来の回転とは逆の、時計回りのターン。私はこの『ショパン バラード1番』は、2015年グランプリファイナルの演技で「究極かも…」という感想を抱いたのですが、そのときよりもはるかにシャープなターンになっていて息をのみました。加えて、アームの表現のドラマチックさたるや! しかもその情熱的なアームは、「アームを振ることでターンに勢いを出しているわけではない。ターン自体は体重移動と体幹の引き締めによっておこなっている」ことがはっきり見えるような動きになっているわけです。

 何度も繰り返し鑑賞するに値する、驚異的なプログラムです。

 羽生結弦が、ジャンプだけではなくこうした部分にも心血を注いできたことは、このオータムクラシックのショパンを1度見たら理解できます。トランジションやステップの一要素に至るまで、異常(もちろん褒め言葉です)なまでにブラッシュアップさせながら、それでも眠らせることができなかった「アスリートの心意気」があったのでしょう。

なんと表現すればいいのでしょう…。素晴らしいプログラムをさらに洗練させながらも、羽生結弦の「チャレンジャーの血」が、「もっと高みへ行くんだ。もっと分厚い壁を破るんだ」と、鎮まってはくれなかった。しかし、それが「アスリートの常」というものなのかもしれません。

 いまはただ、羽生結弦が、起きてしまったことをポジティブに受け止め、ポジティブに進んでくれることを期待するばかりです。先ほど書いた言葉を繰り返しますが、私は、羽生結弦が平昌オリンピックで素晴らしいパフォーマンスを披露してくれることを露ほども疑っていません。羽生結弦の「戻ってくる世界」が、どこまでも素晴らしいものになることを確信しているのです。

<追記>
1月の中旬に、フィギュアスケートに関する本を集英社から出すことになりました。私が感じている「羽生結弦のすごみ」を中心に置き、私にとっての「フィギュアスケートの素晴らしさ」が伝われば、このうえない幸せです。

この本に込めた私の思いは私のブログに書かせていただいています。よかったら、そちらもご覧ください。よろしくお願いいたします。
ブログ:「高山真のよしなしごと」
http://d.hatena.ne.jp/makototakayama/

高山真(たかやままこと)
男女に対する鋭い観察眼と考察を、愛情あふれる筆致で表現するエッセイスト。女性ファッション誌『Oggi』(小学館)で10年以上にわたって読者からのお悩みに答える長寿連載が、『恋愛がらみ。 ~不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』(小学館)という題名で書籍化。人気コラムニスト、ジェーン・スー氏の「知的ゲイは悩める女の共有財産」との絶賛どおり、恋や人生に悩む多くの女性から熱烈な支持を集める。月刊文芸誌『小説すばる』(集英社)でも連載中。

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