[語句解説]「ロボトミー」
人間の脳内に器具を挿入し、前頭葉部を他の部分から切り離したり切除したりするという、脳に対する外科的手術のこと。20世紀初頭に、ポルトガル出身の精神科医エガス・モニスによって考案され、一時は多くの精神疾患に対する極めて有効な治療法として世界的に普及した。しかし1950年代以降の薬物療法の発展や1970年代以降の倫理的な観点からの問題指摘などから、20世紀後半には急速に衰退した。
精神疾患の患者の脳に外科的な手術を行い精神症状の改善を図る治療法を、「精神外科」と総称します。その代表例が「ロボトミー」で、この治療法を考案したのはポルトガル人の精神科医でリスボン大学教授であったエガス・モニスという人物です。
1935年にモニスはリスボンのサンタ・マルタ病院において、ヒトに対する人類初の前頭葉切截術(ロボトミー)を施行します。対象となったのは、うつ病に罹患していた63歳の女性。「切截」とは「切り離す」という意味で、ロボトミー(lobotomy)とは「脳の一部であるlobe(葉)を切除する」といった意味です。具体的には、頭蓋骨に穴をあけ、「白質切断用メス」という器具を脳に差し込み、前頭葉の神経線維の切断を行うというものです。
モニスは医学部を卒業した後、パリのサルペトリエール病院で神経学、精神医学の研鑽を積んでいます。ここは、過去にフロイトも学んだこともある伝統ある病院です。その後リスボンに戻ったモニスは脳血管造影法を開発したことでも後世に名を残しますが、ジョン・フルトンとカーライル・ヤコブセンが行ったチンパンジーを対象とした動物実験において前頭葉の切断を行ったところ性格が穏やかになったという研究報告を受け、ヒトを対象にこの手術を行うにいたるのです。
この時代、重症の精神疾患、特に統合失調症に対しては適切な治療法がなく、臨床現場は閉塞感に包まれていました。多くの精神科病院は単なる収容施設となっており、画期的な治療法が求められていました。現代の倫理的な基準では考えられないことですが、だからこそモニスの考案したこのロボトミーは当時、賞賛をもって迎えられたのです。当時は現在のような、医療に関する倫理規定など存在しない時代。どのような治療を行うかは医師の自由な裁量にゆだねられています。ましてや治療の選択肢がほとんどない精神疾患は匙を投げられた状態であり、ロボトミーなどの試みについても否定の声は上がらなかったのです。また、脳機能に対する考え方が現代に比べて雑であったことも、ロボトミーが許容された理由のひとつでしょう。