――サブカルを中心に社会問題までを幅広く分析するライター・稲田豊史が、映画、小説、マンガ、アニメなどフィクションをテキストに、超絶難解な乙女心を分析。
広告代理店の若手女性社員が激務の末に自死を選んでしまった悲劇が人々の心を痛める現在からすると、隔世の感を覚える「働き女子マンガ」の金字塔的作品がある。2003年から09年にかけて連載された『サプリ』だ。主人公は連載スタート時で27歳の大手広告代理店社員、藤井ミナミ。制作局で激務にいそしむ彼女の仕事ぶりや恋愛模様を、同僚や後輩や上司、仕事先との人間関係を絡めながら描く物語だ。
本作最大の特徴は、とにかく登場人物の皆が皆「働きすぎ」だということである。広告業界という性質もあるだろうが、深夜の呼び出しや徹夜明けの出勤、休日出勤、理不尽なクライアント対応は日常茶飯事。それらを喜々としてさばき、華麗に完遂するミナミたちの勇姿が誇らしげに、基本的には肯定的に描かれる。
ミナミをはじめとした主要登場人物(とくに女子)は全員、掛け値なしのデキる奴。見惚れるほどの、プロの仕事人だ。彼女たちは全身全霊をかけて仕事に取り組み、激しく衝突し、心が折れそうになってもめげずに食い下がる。いきおい本作は、個々の人生が過剰なまでに仕事中心で回っており、彼女たちのセリフを集めるだけで、ビジネス格言本があっという間にできあがる。
この超仕事至上主義は、「女子たちは人生における選択権をできるだけ多く確保するために働いている」という最終回終盤の主張で最高潮に達する。それが本作の最終結論だ、と言わんばかりの勢い。『サプリ』に登場する女子たちの「人間の尊厳」はほぼ100%、仕事によって担保されているのだ。
連載時、本作は20代の働き女子たち、あるいはキャリアウーマンワナビーたちの絶大な支持を得た。彼女たちは「仕事ができる女は、何をおいてもかっこいい」というドグマを胸に染み込ませ、会社という戦場に意気揚々と出征していった。こうして「仕事邁進女子」は、ゼロ年代女子の生き様バリエーションのなかで、もっとも華々しい選択肢となっていく。
本作連載2年目の04年から追いかけるようにして連載がスタートした安野モヨコの『働きマン』(講談社)人気も、仕事邁進女子トレンドを盛り上げた。同作の主人公は、週刊誌編集部で働くキレキレでパワフルなアラサー女子・松方弘子。心身ともにクタクタ・ボロボロになるまで働いた引き換えに得る仕事のやりがいや誇りの描写に、多くの読者が勇気づけられ、共感を寄せた。