【特別対談】岩根愛(写真家)×懸田弘訓(民俗学者)ハワイのボンダンス/フクシマオンドの故郷【後編】

常夏の楽園――。ハワイをそんなイメージのリゾート地ととらえている読者は少なくないだろう。一方、彼の地には多様な民族が生活し、その中で日系人たちに育まれてきたボンダンスと呼ばれる盆踊りがある。それを現地で撮り続けてきた写真家・岩根愛が、今、日本の福島でも撮影を行う理由とは――。前後編にわたり、彼女の写真とともに両地の知られざるつながりを考察していきたい。

 ハワイの日系コミュニティで行われる盆踊り=ボンダンス。それに魅せられた写真家・岩根愛は、100年以上前に日系移民1世たちが持ち込んだ櫓を今も使い続けていること、イベントで流れる「フクシマオンド」のルーツが福島県浜通りに伝わる「相馬盆踊唄」にあることなどに、やがて興味を持つようになった。その岩根氏をホストに、本誌では前号に続き、ハワイと福島の知られざる歴史についての対談をお届けする。後編の今回は、フィールドワークをもとに福島の民俗を研究してきた懸田弘訓氏にご登場いただいた。

福島からハワイへ 北陸・山陰から福島へ

岩根 ハワイのお寺は全島約90カ所あり、夏の間の毎週末、ボンダンスが順繰りに開催されますが、マウイ島のかつて福島村とも呼ばれた地域(福島からハワイに渡った移民の子孫が多く住む)にあるパイア満徳寺で、1914年にハワイのお寺の中で最初にボンダンスが始まったとされています。私は3・11があった2011年の夏、ハワイでフクシマオンドを続けるマウイ太鼓というグループの存在を知って会いに行ったのですが、そのときに彼らが震災の影響で盆踊りができない福島をはじめとした東北の人たちを招いていたんです。その中の双葉郡の中高生30人くらいが、フクシマオンドが流れると「あ、これ知ってる!」といきなり立ち上がって踊りだした。その光景に強く衝撃を受けたんです。同じ歌が、遠く離れたハワイと福島で今も受け継がれていて、両地の人々が一緒に踊ることができるんだと。そして翌年、今度は逆にマウイ太鼓の人たちに福島に来てもらい、盆踊りの太鼓グループと交流するツアーを私は企画しました。とにかく、夏のハワイではどのお寺でもフクシマオンドが生演奏されるのですが、この歌と踊りは一体どこから来たのだろうかと調べていくうちに、懸田さんの研究に出会ったんです。

懸田 簡単に自己紹介をさせていただくと、福島で生まれ育った私は、地元の大学を出た後、高校の教師となり、福島県文化財保護審議会委員を務めたりしながら、福島の祭礼や民俗芸能などについて研究してきました。この7月で80歳になったばかりです。

岩根 福島からハワイへの移民は1900年頃から始まりますが、伊達や安達といった北部の出身者が多いんです。当時、特にこの地域で移民会社の募集があったのでしょうか?

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