疑惑の“グローブ”そして“ヘッドギア”……『亀田興毅に買ったら1000万円』の過剰演出に呆れ顔のボクシング界

亀田興毅に勝ったら1000万円(AbemaTV)番組公式ページより

 AbemaTVがゴールデンウィーク最終日に放送した、『亀田興毅に勝ったら1000万円』への反響が収まらない。

 現役時代は何かと世間を騒がせ、ついには事実上の国外追放処分となったまま1年半前に引退した亀田興毅が、一夜限りのリング復帰を果たし、公募で集められた4人の一般人を相手に試合を行なった今回の企画。視聴数1420万という開局以来の記録を打ち立て、AbemaTV側は笑いが止まらないだろう。これは亀田の試合に対するニーズというより、勝利者賞1000万円のインパクトの賜物に違いない。

 予兆はあった。例えばキックの神童、那須川天心がいち早く反応し、「せっかくの機会なので戦いたい」と手を挙げると、「実現したら面白い」「いや、亀田は瞬殺されるだろう」などとネット上は大盛り上がり。さらには複数の元プロボクサーも参戦、かつて亀田とスパーリングの際に取っ組み合いを演じたこともある元日本ランカーも選考に臨んだことが後にわかっている。腕に覚えがある者にとって、「亀田興毅を相手に1000万円はオイシすぎる」との共通認識があったようで、これが情報拡散に拍車をかけた。

 亀田興毅といえば、日本初の3階級制覇を成し遂げた世界チャンピオン。それがなぜオイシいのか、疑問に思う人もいるかもしれない。問題はこの「3階級制覇」の内訳にある。

「最初のライトフライ級では、元王者ファン・ランダエタにダウンを奪われる散々な内容で、『八百長では?』と議論を呼ぶ判定勝利。2階級目のフライ級タイトルこそ、国民的な人気を誇った内藤大助に判定勝ちを収めますが、一回り歳上の内藤が衰えるのを待っていたようなマッチメイクで、今ひとつファンの支持は得られませんでした。その後、幾多のトラブルを重ねながら、これまたロートル化したアレクサンデル・ムニョスに判定勝ちで、亀田は3階級目のバンタム級タイトルを手にしています。つまり、過剰なビッグマウスとは裏腹に、常に勝てそうな相手を模索して、どうにか成し遂げた3階級制覇だったわけです」(ボクシングライター)

 ビジネスである以上、より好条件でマッチメイクする力も実力のうちではある。その点、視聴率の取れる亀田が、資金面で有利であったのも事実だろう。しかし、度が過ぎたがゆえに八百長や買収を疑われ、一部のファンからは3階級制覇ならぬ“3買級制覇”などと揶揄されてしまう始末。これでは歴史的偉業も台無しである。

 その亀田が、「ボクシング界に恩返しをしたい」と引き受けた今回の1000万円企画。蓋を開けてみれば3000人近い応募があり、相変わらずの影響力を見せつけたが、選考が始まってから元プロは対象外などの規制を後付けするなど、なんとも慎重な相手選びが行なわれた。

 果たして選ばれたのは、ホストやYouTuber、高校教師、暴走族の元総長という、バラエティに富んだ座組み。会見には元ミドル級世界王者・竹原慎二氏も加わり、威勢のいいホストや元総長らを相手に、「大丈夫? 後で恥をかくことにならないといいけど」などと挑発的な立ち位置でイベントを盛り上げていた。

 ――と、ここで何かを思い出した人も多いだろう。そう、かつてTBS系で話題を振りまいた、『ガチンコ!ファイトクラブ』だ。

 街の不良少年たちを集め、プロボクサーとして更生させようというこのシリーズで、鬼コーチ役を務めたのが竹原氏だった。獰猛な不良たちと、時にバチバチやり合いながらボクシングのいろはを叩き込み、実際に複数のプロボクサーを輩出したことで知られる。

 ところが、ドキュメンタリー調を装いながら、台本の存在が暴露され、集められたメンバーの何人かは、劇団所属やボクシング経験者であることが判明。ボクシング経験を持つ前出のライターは、次のように“証言”する。

「番組では定期的に『○期生、募集!』と告知を打っていましたが、各ボクシングジムにはその1カ月前くらいから、FAXで出演者を募る案内が回っていました。少なからず経験者が混じっているわけですから、プロテストに受かる人材が出て来るのも当然ですよね」

 不良少年vs鬼コーチの構図で一触即発ムードを煽り、ピリピリとした空気がひとつの見所であった同番組。それがやらせであったとしても、演出として成功していたのは否めない。当時の現役選手が特別コーチとして出演することも多く、畑山隆則らトップ選手の知名度アップにも一役買っていた。

「その意味では今回の茶番のような会見映像も、ボクシングに世間の関心を向けさせるためには、必ずしも悪とは思いません。ただ、いざ試合が始まってみると、いくらなんでもレベルが低かった。喧嘩無敗が聞いて呆れる鈍い動きのホスト。体重の乗ったパンチなんて打てていないのに、実況が『やはりパワーは凄い!』などと懸命に煽る高校教師。何より、そんなあからさまな素人を相手にファイティングポーズを取る元世界チャンピオンこそが、最も滑稽な存在でした」(同ライター)

 結果、ボクシング界への恩返しであったはずが、業界の反応は決して芳しいものではない。

「いくらブランクがあるといっても、素人とどっこいどっこいの打ち合いをする元世界チャンピオンの姿を万人に見られてしまったのは痛い。プロボクサーなんてあんなもの、と思われてしまったでしょうね。どこのジムも苦い顔をしていますよ」(首都圏のボクシングジム関係者)

 これでは恩返しどころか、むしろ世界チャンピオンの沽券に関わるというのが、ボクシング界の総意のようだ。

 そもそもボクシングルールを踏襲しながら、判定での勝敗はなく、「亀田に勝つ」にはKOするしかないのが今回の試合。ヘッドギア着用の3ラウンド制で、おまけにスパーリングでもなかなか使われない大型グローブ(公称14オンス)使用とあっては、本当に1000万円を支払う気があったのかどうかも疑わしく思えてくる。

 さらにイベント後には、ネット民たちによる映像検証が進み、「亀田だけフルフェイス型のヘッドギアを使っている」とか、「亀田のグローブのほうが明らかに小さい」といった議論が湧き起こってもいる。映像を振り返ってみると確かに、亀田のヘッドギアはフルフェイス型ではないものの、口元まで大きく覆う、防御力の高い形状をしているのがわかる。

 しかし、製造元であるウイニング社のカタログをチェックすると、こうした形状の製品は存在せず、AbemaTVもネットニュースメディア「J-CASTニュース」の取材に対し、「型番が違うので形状は異なる部分があるが、同メーカーのもの」と回答している。わざわざ違う型番のヘッドギアを揃えたのであれば、現役時代からグラスジョー(ガラスのあご)と言われた亀田への配慮を疑われても仕方がないだろう。

 また、グローブに関してもAbemaTVは「双方14オンス」と答えているが、映像を見るかぎりいくらなんでも無理がある。実際、ボクシング経験者からは、「挑戦者が使っていたのは16オンスでは?」との声も挙がっている。このあたりに関しては、対戦相手とどのような取り決めが交わされていたのか、今のところは不明のままだ。

 4試合すべてを終えた後は、亀田を含む5人が「いい経験」と晴れやかな顔を見せ、皆で記念写真に収まるなどノーサイドなエンディングを迎えた。しかし、こうして後に様々な疑惑が燻るあたり、亀田らしさは健在のようだ。

 思えば、現役時代に亀田の試合を中継したTBSは、『ガチンコ!』の放映局でもある。煽って煽って煽りまくる演出は、いわばお家芸。さらに今回の『亀田興毅に勝ったら1000万円』の制作陣には、その『ガチンコ!』の制作スタッフが多く名を連ねているとも聞く。過剰演出はもはや既定路線だったのかもしれない。

 ただ、その恩恵がなかったわけではない。中継の翌日、いくつかのジム経営者から「入門生が増えた」と、喜びの声が聞かれたことだ。といってもこれは、亀田に影響を受けたものではなさそう。

「唯一、キビキビとした動きを見せ、必死に元世界チャンピオンに立ち向かったYouTuberの姿などは、『自分もやってみたい』と思わせるだけの共感を集めたようですね」(首都圏のボクシングジム関係者)

 実際、彼のYouTubeチャンネルは試合後、数万人単位で登録者が増えたという。

 当の亀田興毅自身は試合後、サーバがダウンするほどの反響を知って、「ぜひAbemaTVにボクシング専門チャンネルを」と訴えていた。これが実現した時に初めて、亀田の恩返しは達成されるのではないだろうか。
(編集部)

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