公開から20年以上経つが、シュワルツェネッガー主演の『コマンドー』(85年)は、ディレクターズ・カット版Blu-rayが完売するなど、いまだに人気。
――アーノルド・シュワルツェネッガーやシルヴェスター・スタローン主演の「筋肉映画」は、荒唐無稽の代名詞だが、それはストーリーのご都合主義か、そもそも過剰なまでに鍛え上げられた肉体は、もはやコミカルに見えてしまうのか? そんな、筋肉映画における常識外の誇大表現がおもしろい理由を探る!
「筋肉は美しい」――その一方で、筋肉にある種の「滑稽さ」を見出す人も多いのではないか? そんな筋肉観がわかりやすく投影されているのが映画、特にハリウッド映画だ。例えば『コマンドー』【1】(1985年)や『ロッキー4/炎の友情』【2】(86年)はその筆頭だろう。『コマンドー』ではアーノルド・シュワルツェネッガーがひとりで軍隊を壊滅させ、『ロッキー4』では、シルヴェスター・スタローンが階級無視の試合を制し、その試合に感動したゴルバチョフ(に、やたら似ている俳優)がスタンディング・オベーション……。これらの映画は、まさに筋肉に付きまとうユーモラスなイメージの源泉でもある。ここでは映画と筋肉の関係と、時代ごとの筋肉を巡る価値観の変化を分析し、筋肉が笑える理由と、我々が抱える筋肉観を解き明かしていこう。
過剰な問題処理とスペシャルエフェクト
なぜ我々は筋肉を笑ってしまうのか? 東京大学大学院に在籍し、学会で「シュワルツェネッガーとアトミック・マッスル」という発表をしたこともある入江哲朗氏は、『コマンドー』を例に「脳まで筋肉でできているような、力はすごいけどバカな人」を指す言葉、いわゆる「脳筋」を交え、こう分析する。
「多くのアクション映画は、主人公が問題をクリアしていくことで進みます。シュワルツェネッガーの映画も物語の構造は同様です。ただし、問題の解決方法が大きく異なる。『コマンドー』では、敵に電話をかけさせないために、敵を電話ボックスごと引っこ抜いて放り投げてしまう。明らかに問題をクリアする以上のことをしている。筋肉を使って、問題を観客の予想を超える方法で解決してしまう。この“脳筋化された問題処理プロセス”がおもしろく、同時にユーモラスなんです」
通常の映画ではヒーローが問題を処理することで、観客はカタルシスを得る。しかし、シュワルツェネッガーの場合は、それと同時に「何もそこまでしなくても」という驚きがあり、観客はその過剰さに笑ってしまう。これこそ筋肉に宿る、滑稽さの正体なのだ。
それにしても、なぜこんな荒唐無稽な映画が成立したのか? 入江氏は77年に『スター・ウォーズ』と『未知との遭遇』が公開された点に注目。大規模なスペシャルエフェクト(特殊効果)を駆使した、この2作が大ヒットしたことによって、観客が映画に求めるリアリティの質が変化したという。