――一昔前までは、隆々とした筋肉をアーティスト写真や作品のアートワーク、果てはミュージックビデオなどでも惜しげもなく披露してきた海外のDJやラッパーたち。しかし、時代の変化と共に、その筋肉に対するあり方は、大きな変化が起きている──。その内情とは、いかなるものか。歴史を振り返りながら考察する。
海外の大手フィットネス雑誌「Muscle & Fitness」(16年12月号)の表紙を飾る50セント。これまでに3回表紙を飾っている余裕からか、ドヤ顔も板に付いている。
1970年代、ニューヨークのブロンクスにて誕生したときから、「強い者が弱い者を制する世界」であったヒップホップというカルチャー。そのヒップホップの生みの親といわれているDJクール・ハークは、DJを始める以前から熱心に体を鍛えており、その強靭な肉体から「Hercules」(=ヘラクレス)というニックネームが付けられ、これが彼のDJネームの元にもなっている。つまり、ヒップホップはその誕生の瞬間から、筋肉至上主義=マッチョイズムとは切っても切れない関係であったというわけだ。
70年代後半になると、ヒップホップの主役の座はDJからラッパーへと移っていき、当然、マッチョイズムも彼らへと引き継がれる。最初に“筋肉”を意識的にアピールしたラッパーといえるのが、グランドマスター・メリー・メルという人物だ。彼は〈グランドマスター・フラッシュ&ザ・フューリアス・ファイヴ〉というグループの一員として活躍していたときから上半身裸にレザーのベストという姿でステージに立ち、その肉体を惜しげもなくアピールしていた。85年にリリースしたソロ・シングル曲「Pump Me Up」は、直接的に筋肉をテーマにした曲ではないものの、タイトルそのものがトレーニングとも結びついており、さらにプロモーションビデオには女性のボディビルダーまで登場。そんな背景も踏まえ、個人的には、この曲こそが世界最初の〈筋肉ラップソング〉と認定したい。ちなみにその後、メリー・メルはさらにトレーニングの世界にドップリとハマり、ボディビルディングの世界でもレジェンドと呼ばれる存在にもなり、07年には『Muscles』というド直球なタイトルのアルバムをリリースするなど、現在も筋肉ロードを突き進んでいる。