【磯部涼/川崎】双子の不良が歌う川崎の痛みと未来

日本有数の工業都市・川崎はさまざまな顔を持っている。ギラつく繁華街、多文化コミュニティ、ラップ・シーン――。俊鋭の音楽ライター・磯部涼が、その地の知られざる風景をレポートし、ひいては現代ニッポンのダークサイドとその中の光を描出するルポルタージュ。

2016年末、クラブチッタでワンマン・ライヴを行ったBAD HOP。

 少年は必死に手を伸ばした。スマートフォンのスクリーンの中では、男がマイクを握って、ステージから満員のフロアに語りかけている。少年にとって彼は憧れであり、救いを与えてくれる存在だった。しかし、少年は最前列にいるにもかかわらず、耳もとで発せられる少女たちの叫び声のせいで話の内容を聞き取ることができない。せめてシャッターを押そうとするものの、もみくちゃになってピントが合わない。

 そのとき、突然、少年の手からスマートフォンが奪われた。はっとして顔を上げると、壇上から伸ばされた刺青だらけの腕が、そして、キャップの下でいたずらっぽく笑う顔が目に映った。男はくるりと背を向けるとスマートフォンを掲げ、それをまた少年に返した。スクリーンを覗き込めば、カメラを見つめる男の写真が表示されており、後ろを埋め尽くす若者たちの中に、ぽかんとした少年もいた。

 少年は宝物をもらったかのようにスマートフォンを両手で包み込んだ。歓声を掻き消すように重低音が鳴り響き、次の歌が始まる。

 Rap My Pain Away
 過去の痛みごと俺なら歌にして
 Rap My Pain Away
 歌ってくよお前らの痛みまで
 Rap My Pain Away
 背負った過去の数だけ未来はある
 Rap My Pain Away
 どんな場所でも必ず光が射す 
     (2WIN「PAIN AWAY」より)

中学のヤンキー専用教室にいたT-PABLOWとYZERR

中学時代にたむろしていた公園で談笑するT-PABLOWとYZERR。

 2016年12月13日、川崎駅前に立つキャパシティ1300人規模のライヴハウス〈クラブチッタ〉にて、インディの、しかも新人のラップ・グループとしては前代未聞となるワンマン・ライブを成功させたBAD HOP。だが、その1カ月後、グループのリーダーを務める双子のデュオ、2WINの片割れであるYZERRは悔しそうに言った。

「正直、客は思っていたより入らなかったですね。もちろん、見た感じは満員でしたけど、やっぱり、入場規制をかけたかったなって」

 一方、兄のT-PABLOWは穏やかに言う。

「まぁ、これからですよ」

 ここは、2人が通っていた川崎市立川中島中学校の目の前にある藤崎第2公園。午後の早い時間で、まだ授業は続いているはずだが、2人がいると知った生徒たちが学校を抜け出し、遠巻きに様子をうかがっている。すると、そこに女性教師がやってきた。

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