――ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地
[今月のゲスト]
鳥畑与一[静岡大学人文社会科学部教授]
『カジノ幻想』(ベスト新書)
昨年末、カジノ設置を謳うIR法案が衆院を通過、国会で成立した。賭博を禁止する刑法に例外をもたせ、新たな市場を創出すると目されているが、それ以前に慎重な精査がまるでなされていないと鳥畑与一氏は警鐘を鳴らす。期待できない経済効果やギャンブル依存症の問題まで、マスコミが伝えないカジノをめぐる“不都合な真実”について見ていこう。
神保 今回はカジノの話をします。最近では、テレビは韓国の朴槿恵とアメリカのトランプと小池百合子東京都知事の話ばかりで、日本の国会の話題はほとんどニュースになりませんが、そうこうしているうちに今国会で、カジノ法案が可決しています。このカジノ法案は、なぜか「IR法案」という名前で呼ばれています。
宮台 なぜ「カジノ法案」と言わないのでしょう。問題を隠しているようで不愉快です。
神保 そのあたりにも問題の本質が潜んでいそうです。
ゲストをご紹介します。カジノ法案への反対を明確に公言されている数少ない有識者のひとり、静岡大学人文社会科学部の鳥畑与一先生です。僕らは「カジノ法案」と呼んでしまっているし、強い反対論者からは「賭博法案」とまで呼ばれているようですが、新聞などでは「IR法」とされています。まずはこれを簡単にご説明いただけますか?
鳥畑 「統合型リゾート(IR)」というものがシンガポールに2つでき、それが成功したということで、日本のカジノ推進派が飛びつきました。もともとは東京・お台場構想で、基本的にはヨーロッパ流のカジノにホテルをつけるくらいだった。当初はそれで、300億円くらいのカジノ収益が想定されていました。ところが、それでは刑法の賭博禁止の違法性を突破できず、「経済効果が大きいから刑法の賭博禁止を阻却できるだけの公益性がそこで担保できるのではないか」ということで統合型リゾートに飛びついたということです。
神保 IRは日本語では「特定複合観光施設」と訳されます。IR法は、それを整備・推進するための法律ということです。その概要をまとめると、まず目的は「地域振興と財政改善」。そのために、特定複合観光施設を整備・推進するとの名目で、カジノ、レクリエーション、ホテル、国際会議場などを民間が設置・運営し、主務大臣が「特区」を認定するというものです。国及び地方公共団体はカジノから納付金や入場料を徴収できるので、それが「地域振興と財政改善」に寄与するとなっています。また、内閣府に「カジノ管理委員会」を設置し、依存症や犯罪などのカジノの悪影響への対策を講じることも定められています。
宮台 民間が実行して行政が目を光らせる、例の図式。誰もが「天下り先設置法かな」と思います(笑)。パチンコCR機(プリペイドカード対応機)の騒動が過去にありましたしね。
鳥畑 首相も「カジノは統合型リゾートの面積でいえば3%以下で、あとの大部分は家族みんなで楽しめるエンターテインメント施設だ」としています。しかしカジノは、1兆円規模の投資を回収し、さらに想定されるもろもろの施設の赤字をカバーするだけの収益エンジンだとされます。毎年数千億を儲けることを運命づけられており、それだけ多くの人にギャンブルで負けてもらわなければならない。場合によっては、依存症の人が増えてくれなければ収益性は上がりません。要するに家族ぐるみ、国民ぐるみでギャンブル漬けにしていく仕組みだというふうに考えたほうがいい。
カジノを合法化している国は140カ国くらいありますが、例えばヨーロッパでは、カジノハウスというような小規模な施設で、非常に厳しい管理をしている。収益を最優先しなくてもいいような仕組みになっている。ところが日本で想定しているのは、とにかく巨大な投資を回収するため、ガソリン(国民の負け)をバカ食いするエンジンのようなものになっています。
神保 一方で、カジノ導入のメリットとしては、次のようなことが語られています。「140カ国が導入。外国人観光客を誘致する有効なツールとして機能」「インバウンドの波及効果」「地域振興や税収増が期待できる」「東京五輪後の有効な観光誘致策」。ただ、今、カジノ法を作っても、実際のカジノ建設は東京オリンピックには間に合わないことが前提になっています。
鳥畑 つまり、「東京オリンピックの後に不況が来るから、その対策ですよ」というご都合主義です。
神保 鳥畑先生がご著書『カジノ幻想』(ベスト新書)で挙げていた、この法案に反対すべき理由としては「カジノの経済効果を過大に評価している」「カジノはサミュエルソンが言うところの無益な貨幣の移転に過ぎない」「外国人を対象にしているように見えるが、巨額投資の回収には日本人客の利用が必要なのは明らか」「アジアのカジノ市場はすでに飽和状態にある」「周辺都市で消費されるべきおカネがカジノに回ることで、周辺都市との間に地域間格差が生まれる」「カジノに依存した経済になることで、地域の健全で自律的な経済発展の芽が摘まれる」「ギャンブル依存症の拡大」などがあります。まず、経済効果が明らかに過大に評価されているという話ですが、これはどういう根拠なのですか?
鳥畑 統合型リゾートの話が出てくるまで、例えばお台場カジノ構想は300億円くらい、大阪も500億円くらいという想定でした。ところが、統合型リゾートになると一桁上がり、数千億円ということになった。香港の投資銀行が日本全体で400億ドル、4兆円のマーケットが生まれるとしたり、民間のさまざまなところが、やはり数兆円単位で収益が生まれ、経済効果は大きいとしています。
しかし数千億円、例えば50億ドルと言ったとき、どういう規模の話なのか。ラスベガスのストリップ地区に、カジノ収益が7200万ドル以上の大きなIR型カジノが23並んでいますが、その全部を合わせて53億ドルです。日本進出を狙っているMGMはアメリカ国内で12のカジノを持っていますが、それを合わせても27億ドルくらい。
それがマカオやシンガポールに行くと、さらに一桁上がります。これは、中国の富裕層が大負けしてくれるからです。だから20億ドル、30億ドルという儲けが出るのですが、日本でそれよりも多い50億ドルとか60億ドルという数字が出てきて、それをもとに経済効果だ、成長戦略だと言われても、中国富裕層で稼げる根拠がない。期待だけ煽っているということです。